複素数

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複素数は実数の対 (a, b) に対応し、それは視覚的には複素数平面を表現するアルガン図上のベクトルである。"Re" は実軸、"Im" は虚軸を意味する符牒であり、i虚数単位と呼ばれる i2 = −1 を満たす数である。

数学における複素数(ふくそすう、: complex number)とは、2つの実数 a, b虚数単位 i = −1 を用いて

z = a + bi

と表すことのできる数のことである[注釈 1]

この z は、係数体を実数とする、1i線型結合二元数:実数体上の二次拡大環の元)で、1i線型独立である。

複素数全体からなる集合を、太字の C あるいは黒板太字 と表す。C可換体である。体論の観点からは、複素数体 C は、実数体 R−1 を添加して得られる拡大体である。代数学の基本定理により、複素数体は代数的閉体である。

複素数体はケーリー=ディクソン代数四元数八元数十六元数など)の基点となる体系であり、またさまざまな超複素数系の中で最もよく知られた例である。

複素数の概念は、一次元の実数直線を二次元の複素数平面に拡張する。複素数全体は自然に座標平面上の点に対応するから、複素数全体の成す集合上に自然な大小関係(つまり全順序)を入れることはできない[1]。すなわち C順序体でない。

数学での主題や概念あるいは構成において、それが複素数体を基本の体構造として考えているとき、そのことはしばしばそれら概念等の名称に(多くは接頭辞「複素-」を付けることで)反映される。例えば、複素解析、複素行列、複素(係数)多項式、複素リー代数など。

概観[編集]

定義[編集]

i2 = −1 を満たす数 i虚数単位という。実数 1i は(実数体上)線型独立である。実数 a, b を係数として 1, i線型結合で表される a + bi複素数と呼ぶ[注釈 2]

任意の実数 aa + 0i と表せるので複素数である(実数全体の複素数全体への埋め込みは、四則演算および絶対値を保つという意味で、位相体の埋め込みである)。bi = 0 + bi (b ≠ 0) の形の複素数を純虚数と呼ぶ。

複素数 z = a + bi (a, bR) に対して、

az実部 (real part) といい、Re(z), ℜ(z), Re z, ℜ z などで表す。
bz虚部 (imaginary part) といい、Im(z), ℑ(z), Im z, ℑ z などで表す。虚部とは実数「b」を指し複素数「bi」ではないことに注意[2][3]
  • 虚部が 0 でない、すなわち実数でない複素数のことを虚数という。
  • 実部が 0 である虚数は特に純虚数という。
  • 実部、虚部がともに整数のときガウス整数といい、その全体を Z[i] と書く。
  • 実部、虚部がともに有理数のときガウス有理数といい、その全体を Q(i) と表す。

複素数平面[編集]

複素数平面

複素数 z = x + iy は実数の組 (x, y)1 : 1 に対応するから、複素数全体からなる集合 C は、z = x + iy(x, y) と見なすことにより座標平面と考えることができる。そこで C複素数平面または単に数平面という。カール・フリードリヒ・ガウスに因んでガウス平面あるいはジャン゠ロベール・アルガン英語版に因んでアルガン図などと呼ぶ。これと異なる語法として、C は複素数体上一次元のアフィン線型多様体であるので、複素直線とも呼ばれる。

数平面においては、x 座標が実部、y 座標が虚部に対応し、x 軸(横軸)を実軸 (real axis)、y 軸(縦軸)を虚軸 (imaginary axis) と呼ぶ[4]

複素数 z, w に対して

d(z, w) = |zw|

とすると、(C, d)距離空間となる。この距離は、座標平面におけるユークリッド距離に対応する。複素平面は複素数の計算を視覚化でき、数直線の概念そのものを拡張した。

複素数球面[編集]

リーマン球面の視覚化

複素関数論においては、複素平面 C を考えるよりも、無限遠点を付け加えて1点コンパクト化した C ∪ {∞} を考える方が自然であり、議論が透明になることもある。複素数球面またはリーマン球面と呼ばれ、以下に示すように2次元球面 S2 と同相である。無限遠点にも幾何的な意味を与えることができる。

複素数平面 C を、xyz-座標空間内の xy-平面とみなし、z ≥ 0 に含まれ xy-平面と原点で接する球面 x2 + y2 + (z − 1)2 = 1 を考える。この球における原点の対蹠点英語版 (0, 0, 2) を北極と呼ぶことにする。任意の複素数 w に対し w と北極を結んだ線分はこの球面と、北極以外の一点で必ず交わり、それを f(w) と書けば f単射連続である。fは、球面から北極を除いた部分である。また、w → ∞ のとき f(w) → (0, 0, 2)(北極)である。そこで、f の定義域を C ∪ {∞} に拡張すると、f : C ∪ {∞} → S2同相写像になる。

この同相写像 f は、複素平面上の円を円に写し、複素平面上の直線を、無限遠点を通る円に写す。このことは、複素平面上の直線と円はほぼ同等であることを表している。

基本的な性質[編集]

相等関係[編集]

二つの複素数が等しいとはそれらの実部および虚部がそれぞれ等しいことである。記号で書けば

四則演算[編集]

二つの複素数の和は幾何学的には平行四辺形の対角線を作ることと解釈できる。
  • (a + bi) ± (c + di) = (a ± c) + (b ± d)i複号同順)
  • (a + bi)(c + di) = (acbd) + (bc + ad)i
  • znzm = zn+m
  • (zn)m = znm
  • (zw)n = znwn

複素共役(共役複素数)[編集]

複素数 z およびその共役 z の複素数平面における幾何学的表現。実軸に関して対称である。

虚部の符号だけが異なる複素数 a + biabi を互いに複素共役あるいは単に共役(きょうやく、conjugate, 本来は共軛)であるといい、z = a + bi と共役な複素数 abi を記号で z(または z*)と表す[4]。すなわち

z = Re zi Im z
  • z が実数 ⇔ z = z
  • z が純虚数 ⇔ z = −z ≠ 0
  • 対合
  • |z| = |z|
  • z + z = 2 Re z
  • zz = 2i Im z
  • zz = |z|2
特に
  • z ± w = z ± w(複号同順)
  • zw = z w

これらから、

「複素数 α が実数係数の多項式 P(x)ならば、αP(x) の根である」

が容易に示せる(1746年ダランベール)。すなわち、

実数係数多項式 P(x) について、P(α) = 0 ⇔ P(α) = 0

が成り立つ。

極形式[編集]

偏角 φ および絶対値 r は複素数平面上の点の位置を定める。すなわち各点の「極」表示が r(cos φ + i sin φ) あるいは re で与えられる。

複素数を実部と虚部で表すのとは別の方法として、複素数平面上での点 P を、原点 O(0) からの距離と、正の実軸英語版と線分 OP の見込む角を反時計回りに測ったものの対(P極座標)で表す方法が挙げられる。これにより、複素数の極形式の概念が導入される。

絶対値[編集]

複素数 z = x + yi の絶対値

で定義される。これは 0 以上の実数である。z が実数(つまり y = 0)のとき r は実数の絶対値 |x| = max{x, −x} に一致する。一般の場合には、ピタゴラスの定理により、r は原点と z の表す点 P の距離に等しい。

絶対値の平方は、自身とその共役複素数の積に等しい。すなわち複素数 z に対して

が成り立つ。

偏角[編集]

複素数 z偏角(応用の場面ではしばしば「位相」とも呼ばれる)arg z は正の実軸から測った動径 OP の角度をいう。偏角 φ の値はラジアンで表すものとする。

角に 2π の任意の整数倍を加えてもそれが表す動径、複素数は同じであるだから、偏角を与える関数は多価である。

そこで、偏角 φ = arg z を一価関数として定義するには、主値区間 (−π, π] とする場合、逆正接関数から次のようにして定義される[5](計算機言語ではしばしばこのような対応を x, y 二つの引数を持つ函数 atan2英語版 として実装する):

複素数が 0 のときだけ偏角は不定 (indeterminate) となる。

上記の定義で、負となる偏角の値に対しては 2π を加えることにすると、主値は [0, 2π) となる。

複素数 z が主値の端の値の近傍を連続的に変化するならば、偏角の値もまたその近傍で連続的に変化するように枝をとるものとして、それを単に arg z = arctan y/x のように書く[注釈 3]

極形式の表示と記法[編集]

絶対値 r と偏角 φ の2つから複素数平面上の点の位置が決まり、極形式 (polar form) と呼ばれる複素数の表現方法が与えられる:

(三角函数形式)

極形式から元の直交座標 (rectangular co-ordinates) を恢復するには、三角函数形式を展開すればよい。

オイラーの公式を用いれば、これを

z = re

と書くことができるし、cis函数を用いて

z = r cis(φ)

と書くこともある。

フェーザ形式英語版

電子工学において振幅 r と位相 φ を持つフェーザを表すのによく用いられる[6]

極形式表示での乗除法[編集]

2 + i(青)と 3 + i(赤)の積。赤三角は青三角の頂点の見込む角の分だけ回転され、青三角の斜辺の長さ 5 の分だけ引き延ばされて
(2 + i)(3 + i) = 5 + 5i
を表す三角(灰)に変形される。5 + 5i の実部と虚部は等しいので、偏角は π/4(ラジアン)である。元の青および赤の三角形の原点にある角はそれぞれ arctan 1/3 および arctan 1/2 であるから
π/4 = arctan 1/2 + arctan 1/3
が成り立つ。逆正接関数は高効率で近似することができることに応じて、π を高精度に近似するこのような式(マチン類似の公式と呼ばれる)に用いられる。

乗法、除法および冪の計算は、極形式表示をして行う方が直交座標表示よりも簡明である。二つの複素数を z1 = r1(cos φ1 + i sin φ1) および z2 = r2(cos φ2 + i sin φ2) と表せば、三角関数の加法定理

により

が導かれる。すなわち、積の絶対値は絶対値の積であり、積の偏角は偏角の和である。例えば i を掛けることは原点を中心に反時計回りに直角回転させることであり、その意味において i2 = −1 であることが再び確かめられる。

同様にして、商は

になる。

偏角の計算規則[編集]

偏角に関する等式 arg(zw) = arg(z) + arg(w) は、両辺の差が 2π の任意の整数倍であることを除いて成り立つ等式であることに注意しなければならない。

例えば
arg(z2) = arg(z) + arg(z) = 2 arg(z)
において、もし各項が任意の偏角をとるものとしてしまうと、
arg(z) = θ + 2n は任意の整数)
と書けば、右辺は 2θ + 4 だが左辺は 2θ + 2m は任意の整数)となり厳密には等しくならない。

それを明示するために合同式の記法を流用してしばしば

arg(zw) ≡ arg(z) + arg(w) (mod 2π)

などとも書く。このように mod 2π に関して合同であるという理解は重要である。しかし、先述のように(適当なリーマン面上で)偏角をとるものと仮定すれば、2π の整数倍を加える不定性無く実際に等号が成り立つ。すなわち、三つの複素数 zw, z, w のそれぞれに対して独立に偏角をとるのではなく、ひとたび arg(zw) = arg(z) + arg(w) を満たすように偏角を一組選べば(例えば右辺の各項の値を決め、それによって左辺の値を定義すれば)、z あるいは w を連続的に変化させるとき、arg(zw) も連続的に変化して、そのような三点の近傍において常に厳密な意味で等号が成立する[7]

この注意の下で以下が成り立つ:

  • arg(zw) = arg(z) + arg(w)
  • arg(z/w) = arg(z) − arg(w)
  • arg(zn) = n arg(z)n は整数)

偏角の計算法則は対数のそれとほぼ同じであるが、それは複素数を変数とする自然対数の虚部が偏角によって表されることに起因している。

ド・モアブルの定理[編集]

実数 θ, 整数 n に対して、

(e)n = einθ

が成り立つ(ド・モアブルの定理)。同じことであるが

(exp )n = exp inθ
(cos θ + i sin θ)n = cos + i sin

とも表現される。n が整数でないとき一般には成り立たない。

性質と特徴付け[編集]

体構造[編集]

複素数全体からなる集合 C可換体になる。つまり、以下の事実が成り立つ。

  • 演算が閉じている:任意の二つの複素数の和および積は再び複素数になる。
  • 反数の存在:任意の複素数 z に加法逆元 z が存在してそれもまた複素数である。
  • 逆数の存在:任意の非零複素数に対して乗法逆元 1/z が存在する。
  • さらにいくつかの法則を満足する。z1, z2, z3 を任意の複素数として
    • 和の交換法則z1 + z2 = z2 + z1
    • 和の結合法則(z1 + z2) + z3 = z1 + (z2 + z3)
    • 積の交換法則:z1z2 = z2z1
    • 積の結合法則:(z1z2)z3 = z1(z2z3)
    • 分配法則z1(z2 + z3) = z1z2 + z1z3

これらの性質は、実数全体からなる集合 R が可換体であるという事実の下、先に与えた基本的な和と積の定義式から証明することができる。

実数のときと異なり、C順序体にはならない。つまり、加法および乗法に両立する順序関係 z1 < z2 を定義することはできない[4]。実は、任意の順序体において任意の元の平方は 0 以上でなければならず、それゆえ i2 = −1 となることは C 上のそのような全順序の存在を否定することになる。

代数的閉体[編集]

代数学の基本定理より、複素数を係数とする代数方程式の解は存在しまた複素数になる。つまり、

は、少なくとも一つの複素 z を持つ。

上記の多項式の複素根の一つを α1 とし、因数定理を帰納的に用いると、上記の多項式は

と複素数の範囲で因数分解される。これは、複素数が代数方程式による数の拡張の最大であることを意味している。つまり、C代数的閉体である。

代数学の基本定理の証明はざまざまなやり方がある。例えばリウヴィルの定理などを用いる解析的な方法や、巻き数などを使う位相的な証明、あるいは奇数次の実係数多項式が少なくとも一つの実根を持つ事実にガロア理論を組み合わせた証明などがある。

この事実により、「任意の代数的閉体に対して成り立つ定理」を C にも適用できる。例えば、任意の空でない複素正方行列は少なくとも一つの複素固有値を持つ。

代数的特徴付け[編集]

C は以下の三つの性質:

を満足する。この三つの性質を持つ任意の体は、体として C に同型であることが示せる。例えば Qp代数閉包はこれら三つを満たすので、C に同型となる。この代数的な C の特徴付けの帰結として、C は自身に同型な真の部分体を無数に含むことが分かる。

また C は複素ピュイズー級数英語版体に同型である(が、その同型を決めるには選択公理が必要となる)。

位相体としての特徴付け[編集]

C には代数的側面のみならず、近傍連続性などの解析学位相空間論の分野で考慮の対象となる性質も備わっている。そのような位相的性質に関して C は、適当な意味で収束の概念を考えることのできる位相体を成すことに注意しよう。

C は以下の三条件を満たす部分集合 P を持つ

  • P は加法、乗法および逆元を取ることについて閉じている
  • x, yP の相異なる元ならば xy または yx のうちの何れか一方のみが P に属する。
  • SP の空でない部分集合ならば、適当な xC に対してS + P = x + P が成り立つ。

この P はつまり正の実数全体の成す集合である。さらに言えば、C は非自明な対合反自己同型英語版として複素共軛変換 xx* を持ち、任意の非零複素数 x に対して xx* ∈ P が成り立つ。

これらの性質を満たす任意の体 F には、任意の xF, pP に対する集合 B(x, p) = { y | p − (yx)(yx)* ∈ P}開基とすることによって、位相を入れることができ、この位相に関して FC位相体として同型になる。

これとは別の位相的な特徴付けに、連結局所コンパクト位相体R および C に限ることが利用できる。実際このとき、非零複素数の全体 C {0} は連結だが、非零実数の全体 R {0} は連結でないという事実を併せれば、R と峻別することができる。

乗法群の構造[編集]

非零複素数の全体 C* = C {0} は、複素数体 C乗法群 C× であり、C における距離空間としての部分位相空間と見て、位相群を成す。また、絶対値 1 の複素数全体の成す群(円周群U はその部分位相群であり、写像

および写像

は位相群としての同型である。ここに、R/Z商位相群R
+
 
は正の実数の全体が乗法についてなす群であり、× は位相群の直積を表す。

形式的構成[編集]

実数の対として[編集]

1835年ハミルトンによって、負の数の平方根を用いない複素数の定義が与えられた。

実数の順序対 (a, b) および (c, d) に対して和と積を

(a, b) + (c, d) = (a + c, b + d)
(a, b) × (c, d) = (acbd, ad + bc)

により定めるとき、(a, b)複素数という。実数 a(a, 0) で表され、虚数単位 i(0, 1) に当たる。このとき、R2+, × に関してとなり、零元(0, 0)単位元(1, 0) である[8]

ハミルトンの代数的な見方に対するこだわりは、複素数をさらに拡張した四元数の発見へと結び付いた。

剰余環としての構成[編集]

C の代数的な姿をより明確にする特徴付けは、体および多項式の概念に基づく構成によって示される。とは有理数全体の成す集合のように四則演算ができてよく知られたいくつかの性質を満たすものである。実数全体の成す集合 R が体であり、また R に係数を持つ多項式全体の成す集合 R[X] が通常の多項式の和および積に関して多項式環と呼ばれるを成すことに注意する。

剰余環 R[X]/(X2 + 1)R を含む体となることは示すことができる。この拡大体は X および X(の属する剰余類)を −1 の二つの平方根として含む。この剰余環の任意の元は a + bXa, b は実数)の形の多項式を代表元に持ち、多項式の除法の原理によってこのような多項式は一意的に決まるから、1 および X の属する剰余類は実ベクトル空間としての R[X]/(X2 + 1) の基底である。

さらに言えば、このような元(剰余類)を(その代表元となる上記の一次式の係数によって)実数の順序対 (a, b) によって表すならば、この体における(抽象代数学的に与えられた)加法および乗法は前節で述べた(形式的に与えられた)加法と乗法の定義式に整合する。すなわち、二つのやり方で得られた体 C は体として同型である。

行列表現[編集]

対応

により、複素数を行列で表現することができる。つまり、複素数の加法および乗法は、この対応によって通常の行列の和英語版および行列の積に写される。また複素共役は行列の転置に対応している。

極形式表示して a + bi = r(cos θ + i sin θ) と書けば、

は角度 θ回転行列のスカラー r 倍であり、これは複素数の積が R2 上で原点を中心とする相似拡大英語版回転の合成を引き起こすことに対応する。

複素数 z = a + bi の表現行列を A とすると、A行列式

det A = a2 + b2 = |z|2

は対応する複素数の絶対値の平方である。

この行列表現はよく用いられる標準的なものだが、行列 を平方が単位行列−1 倍となる任意の行列に取り換えて、別の行列表現が無数に考えられる(後述、また実二次正方行列の項も参照)。

複素函数[編集]

sin 1/z色相環グラフ。内側の黒の部分は、とる値の絶対値が大きいことを表す。sin 1/z における z = 0真性特異点である。

複素変数の函数の研究は複素函数論と呼ばれ、純粋数学の多くの分野のみならず応用数学においても広汎な応用がもたれる。実函数論数論等における命題の最も自然な証明が、複素解析の手法によって為されることもしばしば起こる(例えば素数定理。あるいは代数学の基本定理ルーシェの定理による証明)。実函数が一般に実二次元のグラフとして視覚的に理解することができたのとは異なり、複素函数のグラフは実四次元となるから、その視覚化に際しては二次元や三次元グラフ英語版に色相(もしくは明度や彩度、輝度)による次元を加えたり、あるいは複素函数の引き起こす複素数平面の動的な変換をアニメーションで表したりすることが有効になる。

実解析における収斂級数連続性などの概念は、いわゆるε-δ論法において実数の絶対値を用いたところを複素数の絶対値で置き換えることにより、複素解析においても自然に考えられる。例えば、複素数列が収束するための必要十分条件は、その実部および虚部の成す実数列がともに収束することである。もう少し抽象的な観点では、C距離函数

を備える完備距離空間で、特に三角不等式

が成立する。実解析と同様に、収束の概念はいくらかの初等函数の構成において用いられる。

指数・対数[編集]

複素指数函数[編集]

複素指数函数 exp(z) あるいは ez級数

で定義される。この級数の収束半径 であるから、複素指数函数は C正則である。

複素指数函数により、複素数 z を変数とする正弦函数 sin(z), 余弦函数 cos(z) は次の式で定義できる:

正弦函数、余弦函数は C 上正則である。

オイラーの等式より、任意の実数 φ に対して

が成り立つが、この定義より、オイラーの等式は任意の複素数 φ に対して成り立つ。

複素指数函数により、同様に sinhcosh のような双曲線函数も定義できる。

複素対数函数[編集]

実函数の場合と異なり、複素数 z に関する方程式

は任意の非零複素数 w に対して無限個の複素解を持つ。そのような解 z、すなわち w複素対数函数 log(w)

と表すことができる。ただし、ln は実函数としての自然対数で、arg上述偏角である。この値は、偏角のときと同様に 2π の整数倍の差を除いて一意であるから、複素対数函数もまた多価函数である。主値としては、この虚部が区間 (−π, π] の範囲にあるように制限したものを取ることが多い。

複素数の複素数乗[編集]

複素数の複素数乗 zω

として定義される。対数函数は多価であったから、その結果として複素数の複素数乗も一般には多価になる。適当な自然数 n に対する ω = 1/n を考えるときには、これは複素数の n-冪根が一意でないことを意味するものになる(例えば nzn = z は一般には成り立たない)。より一般に、対数函数の適当な枝をとって一価函数として扱うとき、実数の実数乗の場合に成立していた指数法則や対数法則は、複素数の複素数乗では一般に成り立たない。例えば、

a, b, c が複素数である場合には一般には成立しない。この式の両辺を今述べたような多価の値を持つものと見なす場合、左辺の値の全体は右辺の値の全体の成す集合の部分集合になっていることに注意する。

正則函数[編集]

複素函数 f: CC正則函数であるとは、コーシー・リーマンの方程式を満たす関数のことである。例えば、複素係数 a, b を持つ

の形の任意の R-線型写像 f: CC が正則であるのは b = 0 のとき、かつそのときに限る。第二項 bz は実函数として微分可能だがコーシー・リーマンの方程式を満たさず複素微分可能でない。

複素解析には実解析に無いいくつかの特徴がある。例えば任意に与えられた正則函数 f, gC の任意に小さな開集合上で一致するならば、それらは全体でも一致する。有理型函数は、局所的に正則函数 f を用いて f(z)/(zz0)n と書くことができ、正則函数といくつかの特徴が共通する。有理型でない函数は真性特異点をもつ(例えばsin 1/zz = 0 で真性特異点を持つ)。

歴史[編集]

負の数の平方根について、いささかなりとも言及している最も古い文献は、数学者で発明家のアレクサンドリアのヘロンによる『測量術』(Stereometrica) である。そこで彼は、現実には不可能なピラミッドの錐台について考察しているものの、計算を誤り、不可能であることを見逃している。

16世紀にイタリアの数学者カルダノボンベリによって三次方程式の解の公式が考察され、特に 3 つの異なる実数を解に持つ場合において解の公式を用いると、負の数の平方根を取ることが必要になることが分かった。当時は、まだ、負の数でさえあまり認められておらず、回避しようと努力したが、それは不可能なことであった。

17世紀になりルネ・デカルトによって、 (imaginary) という言葉が用いられ、虚数と呼ばれるようになった。デカルトは作図の不可能性と結び付けて論じ、虚数に対して否定的な見方を強くさせた。

その後、ウォリスにより幾何学的な解釈が試みられ、ヨハン・ベルヌーイオイラーダランベールらにより、虚数を用いた解析学物理学に関する研究が多くなされた。

複素平面が世に出たのは、1797年ノルウェーの数学者カスパー・ベッセル英語版 (Caspar Wessel) によって提出された論文が最初とされている。しかしこの論文はデンマーク語で書かれ、デンマーク以外では読まれずに1895年に発見されるまで日の目を見ることはなかった。1806年ジャン=ロベール・アルガン英語版 (Jean-Robert Argand) によって出版された複素平面に関するパンフレットは、ルジャンドルを通して広まったものの、その後、特に進展は無く忘れられていった。

1814年コーシー複素関数論を始め、複素数を変数に取る解析関数複素積分が論じられるようになった[9]

1831年に、機は熟したと見たガウスが、複素平面を論じ、複素平面は複素平面として知られるようになった[10]。ここに、虚数に対する否定的な視点は完全に取り除かれ、複素数が受け入れられていくようになる。実は、ガウスはベッセル(1797年)より前の1796年以前にすでに複素平面の考えに到達していた。1799年に提出されたガウスの学位論文は、今日、代数学の基本定理と呼ばれる定理の証明であり[11]、複素数の重要な特徴付けを行うものだが、複素数の概念を表に出さずに巧妙に隠して論じている[10]

他分野における複素数の利用[編集]

複素数 A と実数 ω により定まる、一変数 t の関数 Aeiωt は時間 t に対して周期的に変化する量を表していると見なすことができる。周期的に変化し、ある種の微分方程式を満たすような量を示すこのような表示はフェーザ表示と呼ばれ、電気電子工学における回路解析や、機械工学ロボット工学における制御理論、土木・建築系における震動解析で用いられている。なお電気回路上では電流(の密度)「i」と混同を避けるため、虚数単位は「j」を用いることが多い。

物理における振動や波動など、互いに関係の深い2つの実数の物理量を複素数の形に組み合わせて表現すると便利な場面が多いため、よく用いられる。

量子力学の数学的な定式化には複素数の体系が本質的な形で用いられている。ものの位置と運動量とはフーリエ変換を介して同等の扱いがなされ、波動関数たちのなす複素ヒルベルト空間とその上の作用素たちが理論の枠組みを与える。

複素数の拡張[編集]

複素数とは実数を係数とする実数単位 1虚数単位 i線形結合であるが、これに新たな単位を有限個加えて通常の四則演算ができる数の体系()を作ることはできない[12][13]。実数体 R から拡張して C を得る過程はケーリー=ディクソンの構成法と呼ばれる。この過程を推し進めて、より高次元の四元数H および八元数O が得られ、これらは実数体上のベクトル空間としての次元がそれぞれ 4 および 8 である。この文脈において複素数は「二元数」(binarions) とも呼ばれる[14]

注意すべき点として、実数体にケーリー=ディクソンの構成を施したことにより、順序に関する性質が失われていることである。より高次元へ進めば実数や複素数に関してよく知られた性質が失われていくことになる。四元数は唯一の非可換体であり[12][13](つまり、適当な二つの四元数 x, y に対して x·yy·x となることが起きる)、八元数の乗法は(非可換なばかりでなく)結合性も失われる(つまり、適当な x, y, z に対して (xy)⋅zx⋅(yz) となりうる)。一般に、実数体 R 上のノルム多元体は、同型による違いを除いて、実数体 R, 複素数体 C, 四元数体 H, 八元数O の4種類しかない(フルヴィッツの定理英語版[15]。ケーリー=ディクソン構成の次の段階で得られる十六元数環ではこの構造は無くなってしまう。

ケーリー=ディクソン構成は、C(を R-線型環、つまり乗法を持つ R-線型空間と見て)の正則表現と近しい関係にある。すなわち、任意に複素数 w をとるとき、R-線型写像 fw

とすると、これは線型代数学でよく知られた仕方によって(適当な基底を選ぶことにより)、行列で表現することができる。順序付けられた基底 (1, i) に関して fw実二次正方行列

で表現される(つまり、行列表現の節で述べた行列に他ならない)。これは C の標準的な線型表現だが、唯一の表現ではない。実際、

なる形の任意の行列はその平方が単位行列−1 倍、すなわち J2 = −I を満たすから、行列の集合

もまた C に同型となり、R2 上に別の複素構造を与える。これは線型複素構造英語版の概念によって一般化することができる。

超複素数R, C, H, O もさらに一般化するもので、例えば分解型複素数環は剰余環 R[x]/(x2 − 1) である(複素数は剰余環 R[x]/(x2 + 1) であった)。この環において方程式 a2 = 1 は四つの解を持つ。

実数体 R有理数体 Q の通常の絶対値による距離に関する完備化である。Q 上の別の距離函数をとれば、任意の素数 p に対して p-進数体 Qp が導かれる(つまりこれは実数体 R の類似対応物である)。オストロフスキーの定理によれば、この RQp 以外に Q の非自明な完備化は存在しない。Qp の代数閉包 Qp にもノルムは伸びるが、C の場合と異なり、そのノルムに関して Qp は完備にならない。Qp の完備化 Cp は再び代数閉体であり、C の類似対応物として p-進複素数体と呼ぶ。

R, Qp およびそれらの有限次拡大体は、すべて局所体である。

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注釈[編集]

  1. ^ 複素数は元々、単位の異なる数の組み合わせで書かれる数のことを指す言葉であり、この場合は 1 を単位(素)とする実数と i を単位とする純虚数の和で表されているために「複数の要素を組み合わせたもの」という意味で複素数という言葉が用いられるようになった。[要出典]
  2. ^ 1 と実数体上線型独立ベクトル uu2 = 1 or 0 となるものとすれば、別の種類の二元数が得られる。
  3. ^ これは正確には適当なリーマン面を考えるべきであろうけれども、直観的には tan(arctan(α)) = α かつ arctan(tan(β)) = β が常に成り立っているように枝を渡る(特定の一つの枝を固定したのでは不連続となる点の前後で、実際には隣の枝に遷る)と理解することができる。

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Weisstein, Eric W. "Complex Number". MathWorld (英語).
  2. ^ Complex Variables (2nd Edition), M.R. Spiegel, S. Lipschutz, J.J. Schiller, D. Spellman, Schaum's Outline Series, Mc Graw Hill (USA), ISBN 978-0-07-161569-3
  3. ^ Aufmann, Richard N.; Barker, Vernon C.; Nation, Richard D. (2007), “Chapter P”, College Algebra and Trigonometry (6 ed.), Cengage Learning, p. 66, ISBN 0-618-82515-0, https://books.google.com/?id=g5j-cT-vg_wC&pg=PA66 
  4. ^ a b c 表 (1988)
  5. ^ Kasana, H.S. (2005), “Chapter 1”, Complex Variables: Theory And Applications (2nd ed.), PHI Learning Pvt. Ltd, p. 14, ISBN 81-203-2641-5, https://books.google.com/books?id=rFhiJqkrALIC&pg=PA14 
  6. ^ Nilsson, James William; Riedel, Susan A. (2008), “Chapter 9”, Electric circuits (8th ed.), Prentice Hall, p. 338, ISBN 0-13-198925-1, https://books.google.com/books?id=sxmM8RFL99wC&pg=PA338 
  7. ^ 木村 & 高野 1991, p. 4.
  8. ^ 高木『解析概論』付録I, §10.
  9. ^ 高木 (1996, 14. 函数論縁起)
  10. ^ a b 高木 (1996, pp. 94f.)
  11. ^ 高木 (1965, §9. 代数学の基本定理)
  12. ^ a b 志賀 (1989, pp. 212–214)
  13. ^ a b 高木 (1996, pp. 102–116)
  14. ^ Kevin McCrimmon (2004) A Taste of Jordan Algebras, p.64, Universitext, Springer ISBN 0-387-95447-3 MR2014924
  15. ^ エビングハウスほか (2012)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]