裳着

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
裳(江戸時代の作、東京国立博物館所蔵)。

裳着(もぎ)は、平安時代から安土桃山時代にかけて、女子に対して成人したことを示すものとして行われた通過儀礼

初潮を迎えた後の10歳代前半の女子を対象とし、成人したものとして当該の女子に初めてを着せる式で、裳着を済ませることで結婚などが許可された[1]

女子に裳を着せる役は腰結(こしゆい)と称され、徳望のある者から選ばれた。日取りは吉日が選ばれ、裳の腰紐を結び、髪上げをするほか、「鉄漿親」(かねおや)[2]の立ち会いのもと、女子は初めてお歯黒を付け、眉を剃り、厚化粧をして殿上眉を描いた(引眉)。これ以降、裳着を済ませた者は、小袖を、(ただし江戸時代以降は結婚まで引き続き濃紫)を着ることとされた。

江戸時代以降、武家と庶民において女性の成人儀礼は男性同様に元服と称し、実施年齢も18歳から20歳位に引き上げられ、または結婚と同時に行うようになった。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 永原慶二監修『岩波日本史辞典』p. 756、岩波書店、1999年。
  2. ^ 「鉄漿付け親」(かねつけおや)とも。

関連項目[編集]