蛍原徹

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蛍原 徹
本名 蛍原 徹
ニックネーム ホトちゃん、ホトチンコスープ(ケンドーコバヤシのみ)
生年月日 (1968-01-08) 1968年1月8日(49歳)
出身地 日本の旗 日本 大阪府門真市
血液型 A型
身長 166cm
方言 大阪弁
出身 NSC大阪校7期
コンビ名 雨上がり決死隊
相方 宮迫博之
芸風 コントツッコミ
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 1989年 -
同期 名倉潤ネプチューン
加藤浩次
東貴博
たかおみゆき
安尾信乃助
なるみ
過去の代表番組 世界の競馬
遊びに行こっ!〜旅するTV〜ホトチャンネル
地元応援バラエティ このへん!!トラベラー
配偶者  既婚

蛍原 徹(ほとはら とおる、1968年1月8日[1] - )は、日本お笑いタレント。お笑いコンビ・雨上がり決死隊ツッコミ担当。愛称はホトちゃん

大阪府門真市出身[1]吉本興業所属。NSC7期生。身長166cm[1]血液型A型[1]

来歴[編集]

1988年NSCに入学、7期生となる[1]そのときに同期の森田嘉宏(現・コラアゲンはいごうまん)と共に「ホワイト&ホワイト」というコンビを結成するも解散。「のっぺり星人」という名前でピン芸人として活動する。[要出典]

1989年、NSCの同期生だった宮迫博之雨上がり決死隊を結成[1]

2002年大井競馬場内の飲食店「ホトチャンキッチン」をプロデュースした[2]

2004年、元OLの恋人と結婚[3]し、2012年1月に、結婚8年目にして長女が誕生した[3]

2017年10月3日、第2子女児が誕生[4]

人物[編集]

「蛍原」はきわめて珍しい姓である。父親は石川県珠洲市出身、母親は福井県出身[5]

相方の宮迫同様、喫煙者であったが2001年に禁煙に成功。

ドラマ『北の国から』の熱烈なファンであり、2014年には舞台である富良野の観光大使に任命された[6]。「北の国から」にハマって25年間、延べ100回以上富良野を訪れており、妻とは交際している頃から一緒に訪れている[6]。その妻にプロポーズをしたのも、富良野からの帰りの車の中だった[6]。「富良野があったおかげで今の僕があると言っても過言ではない」と語っている[6]

リンカーンの企画の一つ「レギュラー正解当たり前チャンス」では今までやった企画をクイズにしており、ほとんど覚えておらず、見当はずれの答えや、ふざけた答えも多く、反省せず言い訳ばかりしていた[要出典]。アメトーークの「ポンコツ芸人」で記憶力テストを実施したが全て不正解だった[7]

漫画・アニメ・ゲームには非常に疎い。絵心もなく、あまりの不出来に笑いが起こらず悲鳴が出ることが多い。

出演作品[編集]

蛍原のみ出演のもの。コンビでの出演は雨上がり決死隊を参照。

テレビドラマ[編集]

バラエティ[編集]

CM[編集]

書籍[編集]

  • 『ホトちゃんのとっておき北海道:責任編集長・雨上がり決死隊蛍原徹のええ店よりすぐり87店』(ヨシモトブックス)、ワニブックス、2009年、ISBN 978-4847018435

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f 芸人プロフィール 雨上がり決死隊”. 吉本興業. 2015年5月14日閲覧。
  2. ^ 『ホトチャンキッチン』がオープン”. 大井競馬場 (2002年4月8日). 2015年5月14日閲覧。
  3. ^ a b “「雨上がり」蛍原 結婚8年目でパパになりました!”. Sponichi Annex(スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2012年3月17日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/03/17/kiji/K20120317002844370.html 2015年5月14日閲覧。 
  4. ^ “雨上がり蛍原に第2子女児誕生「ピュアホワイトな子でした」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2017年10月6日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/10/06/kiji/20171006s00041000108000c.html 2017年10月6日閲覧。 
  5. ^ 北國新聞社『アクタス』2016年12月号。
  6. ^ a b c d 後輩芸人たちもボケでお祝い、蛍原がふらの観光大使就任”. お笑いナタリー. ナタリー (2014年5月11日). 2015年5月14日閲覧。
  7. ^ オンエアではカットになったがDVD11巻に収録している。

外部リンク[編集]