蘇テイ

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本来の表記は「蘇頲」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

(そ てい、670年 - 727年)は、中国の詩人。雍州武功(陝西省)の出身。は廷碩(ていせき)。

尚書左僕射の蘇瓌の子として生まれた。の光禄大夫の蘇威の末裔。高宗調露2年(680年)の進士と伝えられるが、疑わしい。則天武后に認められて左司御率府胄曹参軍となり、監察御史・給事中・中書舎人などを歴任。また玄宗皇帝の信任も篤く、工部侍郎・中書侍郎に昇進、開元4年(716年)には宰相となって玄宗を補佐し、賢宰相と謳われた。父の爵位を継いで許国公に封ぜられ、燕国公の張説と共に、その文才を「燕許の大手筆」と讃えられた。

『蘇許公文集』十二巻がある。

参考文献[編集]

「唐詩選」(註解:前野直彬 版:岩波書店)