藤立次郎

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藤立 次郎
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大阪市旭区
生年月日 (1971-06-22) 1971年6月22日(45歳)
身長
体重
180 cm
93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1989年 ドラフト4位
初出場 1990年10月17日
最終出場 2003年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤立 次郎(ふじたて じろう、1971年6月22日 - )は、大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブ中日ドラゴンズ西武ライオンズに在籍したプロ野球選手外野手)。

来歴・人物[編集]

近鉄、オリックス時代は『左殺しの次郎』と称された。現役時代は主に右の代打として活躍し、ごく稀にスタメン出場もあった。1996年には日本タイ記録の代打三打席連続ホームランを放った。

1997年には出場試合数が激減。オフに腰を手術し、暫くはリハビリ生活[1]

1999年オフ、金銭トレードでオリックスに移籍。オリックス移籍は左キラーぶりを買われてのもの。近鉄入団時にも監督だった仰木彬がラブコールを送っていた[2]

福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)の田之上慶三郎の全盛期はオリックスとの相性が非常によかったが、藤立だけは逆に田之上との相性がよかった。

2004年限りで現役を引退した。引退後は実家が魚屋であったことなどが縁で水産物関係の会社に再就職し、会社員として生活していることを公表している。

近鉄入団当時、フジテレビの『プロ野球ニュース』で、同番組の取材を受けた際に「藤 立次郎」と姓名の区切りを誤ったテロップが表示されたことがある。

私生活では一児の父親。

個人応援歌は、近鉄時代は金村義明からの流用(藤立の退団後藤井彰人にさらに流用)、オリックス時代は新曲(退団後牧田勝吾に流用)だった。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1990 近鉄 2 3 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
1992 71 136 121 16 34 8 1 3 53 10 2 2 6 0 8 0 1 25 1 .281 .331 .438 .769
1993 19 44 41 6 14 3 1 3 28 6 2 0 2 0 1 0 0 8 1 .341 .357 .683 1.040
1994 48 87 76 15 18 1 0 6 37 15 0 1 0 4 7 0 0 20 2 .237 .287 .487 .774
1995 60 142 125 11 29 4 1 2 41 7 0 1 3 2 12 0 0 30 3 .232 .295 .328 .623
1996 47 104 94 16 29 5 2 9 65 21 1 1 3 1 6 0 0 27 1 .309 .347 .691 1.038
1997 13 19 16 1 4 1 0 0 5 2 0 0 0 0 3 0 0 4 0 .250 .368 .313 .681
1999 9 21 17 1 3 1 0 1 7 2 0 0 1 0 3 0 0 3 3 .176 .300 .412 .712
2000 オリックス 71 123 109 7 29 7 0 3 45 23 0 1 0 1 13 0 0 24 4 .266 .341 .413 .754
2001 54 84 70 4 16 0 1 2 24 16 0 0 0 1 13 1 0 13 9 .229 .345 .343 .688
2002 中日 36 59 55 6 10 3 1 0 15 3 0 0 0 0 4 0 0 14 3 .182 .237 .273 .510
2003 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000 .000 .000 .000
通算:12年 431 823 728 84 186 33 7 29 320 105 5 6 15 9 70 1 1 168 28 .255 .318 .440 .758

記録[編集]

背番号[編集]

  • 39 (1990年 - 1999年)
  • 00 (2000年 - 2001年)
  • 56 (2002年 - 2003年)
  • 40 (2004年)

出典[編集]

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  1. ^ 1998年日刊スポーツ発行プロ野球選手写真名鑑
  2. ^ 2000年日刊スポーツ発行プロ野球選手写真名鑑

関連項目[編集]