藤田達生

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藤田 達生(ふじた たつお、1958年10月8日[1] - )は、日本の日本史学者[2]三重大学教授。織豊期研究会会長。専門分野は、日本近世国家成立史の研究である[3]

経歴[編集]

愛媛県新居浜市生まれ[1]1981年愛媛大学教育学部中学校教員養成課程(社会科)卒業、1987年神戸大学大学院博士課程修了、「日本中世における地域的権力の研究 -近江国を事例として」で学術博士[3]。同年神戸大学助手、1993年三重大学教育学部助教授、2003年教授[3]。2017年織豊期研究会会長。

学説[編集]

織豊期研究者にあって、本能寺の変研究は不可避のテーマとする立場をとっている。

明智光秀謀反の理由について、「光秀が自ら天下人になろうとした単独謀反説は成立しない」等と足利義昭黒幕説を主張していたが、現在において、そもそもそのような説は唱えておらず、読者の曲解であると述べている(『明智光秀伝 ~本能寺の変に至る派閥力学~』小学館 2019/11/6)。

20年来、四国説・明智光秀羽柴秀吉との派閥抗争・鞆幕府論の三層構造から議論を展開している[4]

豊臣平和令を豊臣政権論・地域社会論の立場から否定し[5]、幕藩体制成立まで見通した議論を展開する[6]

受賞[編集]

  • 2013年 第28回愛媛出版文化賞 第1部門賞(研究・評論)『秀吉と海賊大名:海から見た戦国終焉』

著書[編集]

単書[編集]

共編著[編集]

  • 『伊勢国司北畠氏の研究』(吉川弘文館、2004年)
  • 『小牧長久手の戦いの構造』(岩田書院(戦場論(上))、2006年)
  • 『近世成立期の大規模戦争』(岩田書院(戦場論(下))、2006年)
  • 『都市をつなぐ』(伊藤裕偉中世都市研究会共編、新人物往来社(中世都市研究)、2007年)
  • 『朽木家文書』(西島太郎共編、八木書店、2007年8月)
  • 『明智光秀』(福島克彦共編、八木書店古書出版部(史料で読む戦国史3)、2015年10月) ISBN 9784840622103
  • 『半島をゆく第1巻 信長と戦国興亡編』(安部龍太郎共著、小学館、2016年11月)

監修[編集]

  • 『藤堂藩の研究:論考編』(三重大学歴史研究会編、清文堂出版、2009年2月)ISBN 9784792406691
  • 『地域社会における「藩」の刻印:津・伊賀上野と藤堂藩』(三重大学歴史都市研究センター編、清文堂出版、2014年8月)ISBN 9784792410209

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.340
  2. ^ 藤田達生『謎とき本能寺の変』(2003)の著書プロフィールによる。
  3. ^ a b c 三重大学教員紹介
  4. ^ 『謎とき本能寺の変』(2003)『明智光秀伝:本能寺の変に至る派閥抗争』(2019)ほか
  5. ^ 『秀吉神話をくつがえす』(2007)ほか
  6. ^ 『藩とは何か:「江戸の泰平」はいかに誕生したか』(2019)ほか

外部リンク[編集]