藤田たき

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1947年

藤田 たき(ふじた たき、1898年12月23日 - 1993年1月4日)は、大正平成期の婦人運動家教育者

愛知県名古屋市撞木町(現在の東区)出身。1920年女子英学塾を卒業し、アメリカブリンマー大学留学する。帰国後、母校の教壇に立ちながら婦人問題について研究を重ね、1928年汎太平洋婦人会議市川房枝とともに日本代表として参加、婦人参政権運動や婦人問題研究所創設に尽力した。戦後、大学婦人協会会長・婦人問題審議会会長に就任し、1951年から4年間、労働省婦人少年局長を務めた。また、日本における女子大学創設に尽力し、自らも1961年に女子英学塾の後身である津田塾大学学長に就任した。また、国連婦人の地位委員会会長などを務め、国際舞台の場でも女性の地位向上に尽くした。

テレビ出演[編集]

参考文献[編集]