藤島泰輔

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藤島 泰輔(ふじしま たいすけ、1933年1月9日 - 1997年6月28日)は、日本小説家評論家ポール・ボネ名義の著作も多数刊行。

略歴[編集]

人物[編集]

家族[編集]

  • 先妻は高浜虚子の孫娘で高浜年尾の三女・朋子[4][5]。結婚後まもなくメリー喜多川と内縁関係になり[4][5]、1972年(昭和47年)に朋子と正式に離婚した[4][5]
  • 後妻はジャニーズ事務所副社長のメリー喜多川[5]。メリーは1950年代から四谷三丁目の円通寺坂入口右手の角にあった「スポット」という名のカウンターバーを経営。バーの客であった藤島(当時東京新聞記者)と結婚。作家仲間の間ではおしどり夫婦として知られたという。
  • ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川は義弟。藤島は草創期のジャニーズ事務所を経済的にバックアップし、マスコミ・政財界関係者など自身の知己も紹介、ジャニー社長の業界関係者への人脈拡大を手助けしたといわれる。
  • 長女はジャニーズ事務所副社長兼ジェイ・ストーム社長の藤島ジュリー景子[4][5]。景子は2004年(平成16年)に芸能界とは無関係の一般男性と結婚。男性は婿養子として藤島家に入った。景子は2004年(平成16年)暮れ、泰輔・メリー夫妻の孫となる女児を出産している。

親族[編集]

  • 英文学者の藤島昌平は父・敏男の弟で泰輔の叔父にあたる[1]。昌平の妻は三沢信一の三女[1]。三沢の次女は下河辺牧場の創業者・下河辺孫一と結婚したため[6][7][8]、下河辺は昌平の義兄にあたる。
  • 山武ハネウェル(現・アズビル)の社長・会長を歴任した山口利彦は義理の叔父[9]。利彦の妻が泰輔の父・敏男の妹・千代[1][9]。アズビル創業者・山口武彦は利彦の父[9]
  • 福澤堅次・綾子夫妻の長男・福澤雄吉は義理の従弟[10]。雄吉の妻が山口利彦・千代夫妻の長女で泰輔の従妹[9][10]。雄吉の父・堅次は福澤諭吉の孫で元三菱瓦斯化学取締役[10]。雄吉の母・綾子は岩崎弥太郎の孫娘で岩崎久弥の三女[10]

著書[編集]

単著[編集]

  • 孤獨の人』 三笠書房、1956年 - 1957年に日活で映画化。監督:西河克己
  • 『真紅の人』 三笠書房、1957年
  • 『黒の魅惑』 大日本雄弁会講談社〈ロマン・ブックス〉、1957年
  • 『アフリカ紀行』 小山書店新社、1958年
  • 『アンコールの帝王 クメール文化の謎』 展望社、1960年
  • 『ヘソまがり太平記』 読売新聞社〈サラリーマン・ブックス〉、1964年
  • 『ヘソまがり太平記』続、読売新聞社〈サラリーマン・ブックス〉、1965年
  • 『日本の上流社会 高貴なる秘境を探検する』 光文社〈カッパ・ブックス〉、1965年
  • 『ヘソまがり太平記』続々、読売新聞社〈サラリーマン・ブックス〉、1966年
  • 『ホラふき太平記』 読売新聞社〈サラリーマン・ブックス〉、1966年
  • 『ヘソまがり太平記 決定版』 読売新聞社、1966年
  • 『男の契約』 秋田書店〈サンデー新書〉、1966年
  • 『忠誠登録』 読売新聞社、1967年
  • 『心臓英語のすすめ』 文藝春秋〈文春ビジネス〉、1969年
  • 『上流夫人 皇室をいろどった女性』 サンケイ新聞社出版局、1969年
  • 『白い日本人』 講談社、1969年
  • 『青い群島』 報知新聞社、1969年
  • 『ピガールの恋人』 集英社、1970年
  • 『上流社会 小説』 講談社、1970年
  • 『青春の座標』 PHP研究所〈PHP青春の本 6〉、1972年
  • 『よくも悪くも日本人』 実業之日本社、1972年
  • 『天皇・青年・死 三島由紀夫をめぐって』 日本教文社、1973年
  • 『もとのもくあみ』 白馬出版、1973年
  • 『男性的旅行論』 日本交通公社出版事業局、1975年
  • 『ハロー・アメリカ』 国際商業出版、1976年
  • 『藤島泰輔大冒険 ロマンを求めてヒマラヤ・アメリカ』 鷹書房、1977年5月。
  • 『戦後とは何だ 日本の選択すべき道』 マネジメント社、1981年6月。
  • 『ヘソまがり親父に乾杯!』 三天書房、1982年1月。
  • 『中流からの脱出 新しいステータスを求めて』 ダイヤモンド社、1986年3月。ISBN 4-478-79010-8
  • 『東京山の手の人々』 サンケイ出版、1987年6月。ISBN 4-383-02631-1
  • 『クロス・カルチャーの時代 異文化交流を事業化する男・山内庸生』 IN通信社、1987年9月。
  • 『馬主の愉しみ ランニングフリーと私』 草思社、1991年10月。ISBN 4-7942-0432-9

共著・編著・共編著[編集]

  • 「猛獣と草原の国を行く」、『世界の旅 3』 大宅壮一桑原武夫阿川弘之編、中央公論社、1962年
  • 「アンコール」、『世界の旅 8』 大宅壮一桑原武夫阿川弘之編、中央公論社、1962年
  • 石井好子と 『結婚と家庭』 雄鶏社〈幸福への対話 第4〉、1969年
  • 松下幸之助と 『日々を新たに 対談』 文藝春秋、1970年
  • 『日本人の失ったもの 対談集』 日新報道、1975年
  • 依光隆共著 『忠誠登録』 国土社〈国土社・ノンフィクション全集 11〉、1976年3月。

翻訳[編集]

ポール・ボネ名義[編集]

  • 『不思議の国ニッポン』 シリーズ vol.1-22、ダイヤモンド社、1975年-1996年。
    • 『不思議の国ニッポン』 シリーズ vol.1-21、角川書店〈角川文庫〉、1982年-1996年。
  • 『だから日本は叩かれる』 角川書店〈Kadokawa books〉、1987年10月。
    • 『だから日本は叩かれる』 角川書店〈角川文庫〉、1989年5月。ISBN 4-04-327515-3
  • 『沈まぬ太陽ニッポン 豊かさとの闘い』 角川書店、1990年8月。ISBN 4-04-834009-3
    • 『沈まぬ太陽ニッポン 豊かさとの闘い』 角川書店〈角川文庫〉、1992年12月。ISBN 4-04-327519-6

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 『天皇陛下ご訪中問題 検証と総括』 ご訪中問題懇話会編、展転社〈てんでんブックレット no.1〉、1992年12月。
  • 三島由紀夫「藤島泰輔著「孤独の人」序」、『三島由紀夫全集 27』 新潮社、1975年
  • 三島由紀夫「うますぎて心配(藤島泰輔著「孤独の人」)」、『三島由紀夫全集 35』 新潮社、1975年
  • 宮崎正弘 『三島由紀夫「以後」 日本が「日本でなくなる日」』 並木書房、1999年10月。
  • 『財界家系譜大観 第6版』 現代名士家系譜刊行会、1984年10月、432頁。
  • 『財界家系譜大観 第7版』 現代名士家系譜刊行会、1986年12月、382頁。
  • 『財界家系譜大観 第8版』 現代名士家系譜刊行会、1988年11月、404頁。
  • 『昭和人名辞典 第1巻 東京編』 日本図書センター、1987年10月、856頁。ISBN 4-8205-0693-5
  • 『昭和人名辞典II 第1巻 東京編』 日本図書センター、1989年2月、870頁。ISBN 4-8205-2036-9
  • 佐藤朝泰 『門閥 旧華族階層の復権』 立風書房、1987年4月、262-263頁。ISBN 4-651-70032-2
  • 「結婚 “渦中の人”藤島泰輔氏の“第二の結婚”」、『週刊新潮』、新潮社、1974年9月5日、 108頁。
  • 「墓碑銘 天皇のご学友『孤独の人』藤島泰輔氏の癌死」、『週刊新潮』、新潮社、1997年7月10日、 123頁。