藤島奨

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藤島 奨(ふじしま しょう、大正4年(1915年) - 平成14年(2002年7月23日 [1] 、本名 奨=すすむ)は、東京生まれの洋画家日展参与一水会委員。

経歴[編集]

愛知県立旭丘高等学校教員として美術指導をした。一水会や日展に女性モチーフにした作品を出品した。

  • 1950年- 日展出品
  • 1947年、第9回一水会
  • 1954年- 一水会

主な作品[編集]

愛知県美術館所蔵作品[2]

  • 1963年「サーカス」(グアッシュ・紙、77.7 x 102.5cm)
  • 1994年「百花」(着色・紙本、16.8 x 52.2cm)
  • 1982年「赤い帽子」(油彩・画布、193.0 x 133.0cm)
  • 1969年「静物」(油彩・画布、163.5 x 98.6cm)

刈谷市美術館所蔵作品[3]

  • 1975年「静物」(油彩・キャンバス、162.0×112.0cm)
  • 1978年「婦人像」(油彩・キャンバス、162.0×130.3cm)
  • 1984年「姉妹」(油彩・キャンバス、130.5×130.5cm)

その他

  • 「踊る」(油彩 F130)第29回日展出品作 [4]

脚注[編集]

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  1. ^ 「藤島奨氏死去 洋画家」2002年7月24日、共同ニュース [1]

関連項目[編集]