藤山扇治郎

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ふじやま せんじろう
藤山 扇治郎
本名 酒井 扇治郎
別名義 酒井 扇治郎(旧芸名)
生年月日 (1987-01-21) 1987年1月21日(30歳)
出生地 日本の旗 日本京都府
身長 163 cm
血液型 A型
職業 俳優
ジャンル 舞台テレビドラマ
活動期間 1993年 - 2002年(子役)
2009年 -
著名な家族 藤山寛美(祖父)
藤山直美(伯母)
所属劇団 松竹新喜劇
事務所 青年座映画放送
公式サイト 公式プロフィール(青年座映画放送)
公式プロフィール (松竹新喜劇)

藤山 扇治郎(ふじやま せんじろう、1987年1月21日 - )は、日本俳優。本名および旧芸名は酒井 扇治郎(さかい せんじろう)。

京都府出身。東山高等学校関西大学文学部国語国文科卒業。青年座映画放送所属。松竹新喜劇座員。

来歴[編集]

父は小唄白扇派の家元・白扇夕樹夫で、母は松竹新喜劇の看板役者で喜劇王と称された藤山寛美の五女[注 1]。藤山寛美は祖父、女優の藤山直美は伯母にあたる。「扇治郎」の名は祖父・寛美が本名・稲垣寛治より「治」の一字をとって名付けた[2]

幼い頃より日本舞踊や小唄の素養を身につけ、1993年、6歳の時に祖父・寛美と親交のあった中村勘三郎(当時勘九郎)に誘われて藤山扇治郎の芸名で東京・歌舞伎座での『怪談乳房榎』で初舞台を踏むと、中村勘三郎と親子役を演じた[3]。以来名子役として歌舞伎や伯母・直美の舞台やテレビドラマで活躍。2002年に東山高等学校へ進学すると、高校1年生の時に伯母・直美主演の舞台『夢噺 桂春団治』に出演して以降は、高校・大学と学業に専念することとなった[4]

関西大学を卒業後の2009年7月に劇団赤鬼公演『FOR LIFE!』に客演して、本名の酒井扇治郎で本格的に俳優デビューを飾った[5]。その後単身上京し2010年より劇団青年座研究所へ入所して本格的に演技を学び[6]、2012年からは青年座映画放送に所属して昼ドラ鈴子の恋 ミヤコ蝶々女の一代記』(フジテレビ系)で初めて連続ドラマへのレギュラー出演を果たすと、同じくレギュラー出演した昼ドラ『赤い糸の女』(フジテレビ系)ではヒロイン・三倉茉奈の恋人役を演じるなど数々のテレビドラマへ出演した。

2013年には再び藤山扇治郎と改名した後、創立65周年を迎える松竹新喜劇より声をかけられて同11月に正式に入団[7]大阪松竹座での「劇団創立65周年記念 松竹新喜劇特別公演」において松竹新喜劇の代表作『お祭り提灯』で祖父・寛美の当たり役、丁稚の三太郎役などを演じて団員デビューを飾った[8]。以降は青年座に在籍したままで映像関連の仕事を継続しつつ、地方巡業を含め新喜劇の舞台に優先して出演している[2][9][10]。また、2015年4月からはKISS-FM神戸『週刊神戸式』で初のラジオパーソナリティを務めるなど、活躍の場を広げている[11]

2015年、咲くやこの花賞(演劇・舞踊部門)受賞。

2016年、若手俳優の勉強会「若藤会」を立ち上げ、10月に国立文楽劇場で自主公演を行う[12]

2017年、『家族はつらいよ2』で映画初出演を果たす[13]

人物・エピソード[編集]

  • 身長は163cm、体重は52kg
  • 血液型はA型
  • 特技は日本舞踊小唄長唄三味線
  • 趣味は草野球。
  • 祖父・藤山寛美は3歳の時に亡くなっており生前の記憶はなく、寛美の舞台は映像でしか見たことがない[10]。大学時代に見た伯母・直美の舞台で上方喜劇に魅せられ、上京後に松竹新喜劇の映像を見てその涙と笑いが溢れる人情豊かな芝居の魅力を再認識して、松竹新喜劇入りを志す[6][14]。祖父・寛美は「遠い目標」としている[9]

出演[編集]

舞台[編集]

松竹新喜劇公演[編集]

  • 松竹新喜劇 親子の絆・二題「丘の一本杉」「お種と仙太郎」(2013年9月、巡業) - 幸太郎(「丘の一本杉」)、仙太郎(「お種と仙太郎」) 役
  • 劇団創立65周年 松竹新喜劇特別公演(2013年11月、大阪松竹座
  • 松竹新喜劇 若手爆笑公演(2014年5月、南座
  • 劇団創立65周年 松竹新喜劇特別公演(2014年7月、新橋演舞場
  • 松竹新喜劇 錦秋公演(2014年11月、大阪松竹座)
  • 松竹新喜劇 爆笑公演(2015年5月 - 6月、巡業)
  • 松竹新喜劇 葉月爆笑公演(2015年8月、南座)
  • 松竹新喜劇 新秋公演(2015年9月、新橋演舞場)

その他公演[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオドラマ[編集]

映画[編集]

劇場版アニメ[編集]

ラジオ[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ “酒井美千留さん死去 俳優故藤山寛美さんの五女”. 共同通信. (2005年1月29日). http://www.47news.jp/CN/200501/CN2005012901001003.html 2015年6月15日閲覧。 
  2. ^ a b “故藤山寛美さん孫 扇治郎が松竹新喜劇入り、11月初舞台”. Sponichi Annex (スポニチ). (2013年7月10日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/07/10/kiji/K20130710006185550.html 2013年7月13日閲覧。 
  3. ^ “<私の恩人>藤山扇治郎 喜劇王の三世、中村勘三郎さんは何でも教えてくれた”. THE PAGE (ワードリーフ株式会社). (2013年12月15日). http://thepage.jp/detail/20131215-00000001-wordleaf 2014年1月17日閲覧。 
  4. ^ “寛美の孫、学友からのダメ出しは「ありがたい」 松竹新喜劇に加入 藤山扇治郎さん”. 高校生新聞. (2014年1月). https://www.koukouseishinbun.jp/2014/01/13106.html 2014年3月18日閲覧。 
  5. ^ “酒井扇治郎が舞台デビュー!故藤山寛美さんの孫”. Sponichi Annex 大阪 (スポニチ). (2009年8月1日). http://www.sponichi.co.jp/osaka/ente/200908/01/ente222700.html 2012年8月13日閲覧。 
  6. ^ a b 【ブレーク予報】藤山扇治郎「松竹新喜劇」のイメージ変える スポーツ報知 2014年6月30日
  7. ^ “「昭和の喜劇王」の孫、松竹新喜劇入り 藤山扇治郎さん”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2013年9月20日). http://www.asahi.com/culture/update/0920/OSK201309200075.html 2013年12月8日閲覧。 
  8. ^ “寛美さんの孫・藤山扇治郎 松竹新喜劇初舞台! 口上で力強く抱負”. Sponichi Annex (スポニチ). (2013年11月10日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/11/10/kiji/K20131110006984720.html 2013年11月10日閲覧。 
  9. ^ a b “藤山寛美の孫が松竹新喜劇入団へ 扇治郎さんは直美さんの甥っ子”. MSN産経west (産経新聞). (2013年7月10日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130710/wlf13071007470000-n1.htm 2013年7月13日閲覧。 
  10. ^ a b “藤山寛美さんの孫 新喜劇に入団へ”. デイリースポーツ online (デイリースポーツ). (2013年9月7日). http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/09/07/0006319172.shtml 2013年9月14日閲覧。 
  11. ^ “寛美さんの孫・扇治郎ラジオMC初挑戦”. デイリースポーツ online (デイリースポーツ). (2015年4月2日). http://www.daily.co.jp/gossip/2015/04/02/0007876924.shtml 2015年6月13日閲覧。 
  12. ^ “藤山扇治郎「若藤会」立ち上げ 10月国立文楽劇場で自主公演”. スポニチアネックス. (2016年9月15日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/09/15/kiji/K20160915013359770.html 2016年9月15日閲覧。 
  13. ^ a b “藤山扇治郎、山田洋次監督作品で映画デビュー「雲の上を歩いているような気持ちでした」”. スポーツ報知. (2016年11月30日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20161130-OHT1T50056.html 2016年11月30日閲覧。 
  14. ^ “「最高にかっこいい」道へ 藤山寛美さんの孫、藤山扇治郎さん松竹新喜劇に加入”. MSN産経west (産経新聞). (2013年10月17日). http://www.sankei.com/west/news/131013/wst1310130042-n1.html 2015年6月13日閲覧。 

注釈[編集]

  1. ^ 2005年1月28日に逝去[1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]