藤原麻起子
ふじわら まきこ 藤原 麻起子 | |
---|---|
生誕 | 1983年11月6日(39歳)![]() (現:一関市千厩町) |
国籍 | ![]() |
出身校 | 東北福祉大学 |
職業 | 元ソフトボール選手 元OL(会社員) 教員 |
身長 | 165 cm (5 ft 5 in) |
藤原 麻起子(ふじわら まきこ、1983年〈昭和58年〉11月6日 - )は、岩手県一関市出身の元女子ソフトボール選手[1][2]。身長は165cmで、ポジションは投手[1]。
来歴[編集]
生い立ち[編集]
1983年11月6日、岩手県東磐井郡千厩町(現:一関市千厩町)に生まれる[1]。千厩町立千厩小学校(現:一関市立)に入学し、幼少期より姉のソフトボールの試合を観戦していたことを機に4年生からソフトボールクラブに在籍した。練習の際は姉のプレイを意識していたという。千厩町立千厩中学校(現:一関市立)ではソフトボール部に在籍し、全国中学校総合体育大会にて同チームが優勝を果たした[3]。
プロ選手として[編集]
中学卒業後は埼玉県川越市の星野女子高等学校(現:星野高等学校女子部)に進学[3]し、当時日本女子ソフトボールリーグ1部に所属していた東邦銀行女子ソフトボール部に入部。しかし、入部1年目でチームが廃部になり退部した。2003年に東北福祉大学へ入学し、第40回全日本大学ソフトボール選手権大会では優勝、2006年の世界大学ソフトボール選手権大会では第3位に入賞した[3]。大学卒業後は株式会社日立製作所へ入社し、同社の日立ソフトウェア女子ソフトボール部(現:日立サンディーバ)に入部した。2009年には日本リーグ1部最多勝利投手賞を獲得した[1]。
2010年8月9日、地元である一関市より、輝かしい功績を収めた人物に贈られる市民栄誉賞の第1号として受賞した[3]。
引退後[編集]
2011年のシーズンを以って日立ソフトウェア女子ソフトボール部を退部し、10年あまりのプロ選手生活に幕を閉じた[1]。2012年度より地元の高等学校である岩手県立千厩高等学校の教員として着任し、女子ソフトボール部の顧問として指導に当たっている[2]。
個人タイトル[編集]
- 日本リーグ1部 最多勝利投手賞:1回(2009年)
脚注[編集]
出典[編集]
- ^ a b c d e “過去の選手とスタッフ - 投手 藤原 麻起子(ふじわら まきこ)”. Hitachi, Ltd. 2022年11月15日閲覧。
- ^ a b “【特集】一関の誇り ソフトボール王国の挑戦 5”. 一関市 (2012年8月27日). 2022年11月15日閲覧。
- ^ a b c d “藤原麻起子さん(千厩出身)に市民栄誉賞”. 一関市. 2022年11月15日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 選手・スタッフ紹介>過去の選手とスタッフ>2011年度>投手 藤原 麻起子(ふじわら まきこ) - 日立ソフトボール部