藤原 誠任(ふじわら の さねとう、生年不詳 - 寛仁4年4月10日(1020年5月5日)以前)は、平安時代中期の貴族。藤原北家九条流、権中納言・藤原朝経の子。官位は従五位下・左近衛少将。
三条朝の長和3年(1014年)右衛門佐に任ぜらると、後一条朝初頭の寛仁元年(1017年)左近衛少将に遷るなど、武官を歴任する。
寛仁4年(1020年)4月に疱瘡のため、父・朝経に先んじて没した[1]。
『尊卑分脈』による。