藤原尹通

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藤原 尹通(ふじわら の まさみち、永保元年(1081年) - 保安3年4月2日1122年5月9日))は、平安時代後期の貴族藤原南家貞嗣流大学頭藤原季綱の次男。官位正五位下左衛門権佐

経歴[編集]

堀河朝の康和5年(1103年文章得業生となるとともに、同年に生まれた春宮・宗仁親王の東宮蔵人にも補せられている。嘉承2年(1107年)対策に及第、鳥羽天皇の即位ととも六位蔵人に任ぜられ、左衛門尉も兼ねた。

その後、安芸守皇后宮大進を務める間に、永久2年(1114年正五位下に至る。保安元年(1120年)左衛門権佐に遷った。

保安3年(1122年) 4月2日卒去享年42。


官歴[編集]

系譜[編集]

尊卑分脈』による。

  • 父:藤原季綱
  • 母:藤原通宗の娘
  • 妻:藤原忠季の娘
    • 男子:藤原知通(1102-1141)
    • 男子:藤原尹経
  • 妻:高階基実の娘
    • 男子:藤原行通
  • 妻:但馬内侍
    • 男子:尹覚
  • 生母不詳の子女
    • 男子:観智
    • 男子:済玄

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『中右記』
  2. ^ 『扶桑古文書』
  3. ^ 『本朝世紀』
  4. ^ a b 『朝野群載』345頁
  5. ^ 『殿暦』
  6. ^ 『長秋記』
  7. ^ 『朝野群載』336頁
  8. ^ 『尊卑分脈』

参考文献[編集]