藁人形

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秋田県湯沢市岩崎地区に古くから伝わる鹿島様
藁人形(山形県村山市、1970年代収集、国立民族学博物館
千早城の戦い1333年)で、武者に見立てた藁人形を作り、甲冑を着せている様子

藁人形(わらにんぎょう)は、を束ねたり、編んだりして人間の形を模した人形である。古代中国では芻霊、ないし芻人と呼んだ[1]

死者の埋葬の際に副葬品として用いられる他、丑の刻参りにおいて用いられる呪いの道具の一種としても知られる。それに関連して、怪奇映画などでは恐怖を象徴する小道具として用いられることもある。日本では平安時代、疫病が横行した際病魔を駆逐する為に藁人形が道端に立てられることもあった他、田畑を食い荒らす害虫を駆逐する為に藁人形を掲げて田畑を歩き、その後川に流すという習俗もあった[1]。合戦などでは、敵を攪乱(かくらん)する為に藁人形に甲冑を着せて人間の武者に見立てることもあったと軍記物語などで言及されている[1]

丑の刻参り[編集]

丑の刻参りにおいては、作法として、五寸釘を使い、丑三つ時に相手と同調関係を得ているもの(髪の毛など)を埋め込み、藁人形に釘を打ち込む。

なお、寸=3.03cmであることから、五寸=15.15cmとなる。このような全長の長い釘は、ホームセンター金物屋には通常は置いていないことが多く、入手は困難である。

なお、「五寸釘」には大五寸(2寸2分)、並五寸(1寸8分)、中五寸(1寸5分)がある。

厄除け[編集]

厄除けの道具として用いられることもあり、例えば岩手県和賀郡の旧湯田町(現西和賀町)白木野地域では、藁人形に集落の厄を背負わせ地域の外に送り出して無病息災を祈る風習が残っており、この白木野人形送りを題材にして同地域の国道107号線沿いに日本一の大きさを誇る藁人形(背丈5m、幅4.3m)が置かれている。

形状[編集]

藁人形は人型のみならず、など獣を模したものも作られる。有名なものとして新潟県新発田市における新発田の藁馬岡山県有漢のコトコト馬福岡県芦屋の八朔藁馬などがある。

暗喩的表現としての藁人形[編集]

 「民法第94条2項における転得者の扱い」という、法律上のテーマの中で絶対的構成という法理が用いられた判例(大判昭6.10.24)をきっかけに、「藁人形」という言葉が用いられるようになった。

 この法理は、民法上、取引の際に意思の欠缺や瑕疵ある意思表示があっても、権利が転々と移転される過程の中で一人でも善意の第三者が出現した場合、それ以降の転得者がたとえ悪意であっても、絶対的確定的に権利を取得し、権利者として保護される、というものだが、上述の判例では、その途中に現れた善意の第三者が、悪意者が意図的に介在させたダミーでない限り、という留保を付けている。そしてこのダミーのことを判例では「藁人形」と呼んでいる。

 なお民法上の悪意・善意は社会通念のそれとことなり、「事実を知りながら」「事実を知らず」の意味に過ぎず、「藁人形」とはなんの関わりもない。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 斎藤良輔「日本人形玩具辞典」(東京堂出版)481項

関連項目[編集]

人形を燃やすイベント(関連:en:Effigy