蓮華寺 (米原市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
蓮華寺
Renge-ji in Maibara.jpg
本堂
所在地 滋賀県米原市番場511
位置 北緯35度18分46.2秒
東経136度18分56.6秒
山号 八葉山
宗旨 浄土宗
寺格 本山
本尊 釈迦如来阿弥陀如来
開山 (中興)一向俊聖
開基 聖徳太子
中興年 弘安7年(1284年
中興 土肥元頼
文化財 (国の重要文化財)紙本墨書陸波羅南北過去帳・梵鐘
公式HP 蓮華寺 米原 (公式サイト)
地図
蓮華寺 (米原市)の位置(滋賀県内)
蓮華寺 (米原市)
テンプレートを表示

蓮華寺(れんげじ)は、滋賀県米原市番場にある浄土宗本山(旧時宗大本山)。山号は八葉山(はちようさん)。本尊は発遣の釈迦如来と来迎の阿弥陀如来の二尊。

歴史[編集]

  • 聖徳太子によって開かれた寺と伝えられ、当初は寺号を法隆寺と称したという。
  • 1284年弘安7年)当地の地頭で鎌刃城主土肥元頼が、良忠の弟子とされる一向を招いて寺を再建し、八葉山蓮華寺と号した。蓮華寺は良忠の鎌倉における自坊の旧名である。裏山に一向の荼毘地跡の杉と墓所がある。
  • 1333年元弘3年/正慶2年)、後醍醐天皇の綸旨を受けた足利尊氏等に攻められた六波羅探題北方の北条仲時が、持明院統光厳天皇後伏見上皇花園上皇を伴い東国へ落ち伸びる途中、行く手を佐々木道誉に塞がれたため、やむなく蓮華寺へ至り、天皇と上皇の玉輩を蓮華寺に置いた後に、本堂前で一族郎党432名と伴に自刃した。その際に血が川の様になって流れたと伝わる。時の住持の同阿上人が彼らを憐れみ法名を与え、過去帳に登載したのが有名な『陸波羅南北過去帳』である。寺内にあるその主従の墓とされる一石五輪塔群は近代になってから整備されたもので、別に向かいの六波羅山とよばれるところの麓に五輪塔がある。
  • その後、一向と同じ念仏勧進聖の一遍の時衆と同一視されるにおよび、江戸時代に当寺は、時宗十二派に属する時宗一向派の本山と位置づけられ近世を経る。
  • 時宗からの独立運動の結果、1943年になり浄土宗に蓮華寺以下57末寺とともに転宗した(その他末寺29寺は時宗に残留)。浄土宗七大本山に次ぐ格式として特別寺格「本山」とされている。
  • 長谷川伸の戯曲「瞼の母」の主人公で番場出身の博徒である番場の忠太郎地蔵がある。
  • 斎藤茂吉は、恩師佐原窿応が当寺49世住職になったことから、参詣して短歌を残している。
  • 大橋俊雄が晩年貫首になった。
  • 本堂に宝物室があり、志納で拝観できる。
  • 2015年 踊躍賞(ゆやくしょう)というダンス賞を設け、広くダンサーを募集している。聖なるものと踊りを、もう一度むすびつけようとの想いで創立された[1]

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
  • 紙本墨書陸波羅南北過去帳
  • 梵鐘 弘安七年(1284年)銘
滋賀県指定文化財
  • 絹本著色一向上人像

所在地[編集]

  • 滋賀県米原市番場511
米原駅より湖国バスにて約10分、「番場」ないし「蓮華寺下」から徒歩すぐ

関連寺院[編集]

  • 天童佛向寺(山形県天童市。浄土宗)
  • 宇都宮一向寺(栃木県宇都宮市。時宗)
  • 小栗一向寺(茨城県筑西市。浄土宗)
  • 長谷一向寺(茨城県古河市。時宗)

脚注[編集]

  1. ^ ダンス奉納 | 踊躍賞(ゆやくしょう)・踊躍念仏 浄土宗の寺

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度18分46.2秒 東経136度18分56.6秒