蒲谷和茂
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | 神奈川県横浜市港南区 |
| 生年月日 | 1966年12月25日(52歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 70 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投両打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1991年 ドラフト9位 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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蒲谷 和茂(かばや かずしげ、1966年12月25日 - )は、神奈川県横浜市出身の元プロ野球選手(投手)。
来歴・人物[編集]
関東学院六浦高校では速球を駆使し神奈川県大会ベスト4に入り注目を浴びた。 1984年にドラフト3位で横浜大洋ホエールズに指名されたが、東芝に入社が決まっていたので入団を拒否。 ちなみにこの時、ドラフトの司会だった伊東一雄から「うなぎの蒲焼きの蒲」と字を説明された。
その後、ソウルオリンピック野球日本代表候補になるが、1988年に交通事故で瀕死の重傷を負い東芝野球部を退部。
再起不能と言われたがプロ野球に対する夢をあきらめられず母校で練習を重ね、1991年に西武ライオンズの入団テストを受け練習生になる。
同年のドラフト会議で西武に9位で指名され入団した。しかし全盛期の速球が戻ることなく、一軍出場は無いまま1992年の1年限りで引退した。引退後、地元のゴルフショップ勤務を経て介護福祉士となる。[1]
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
- 一軍公式戦出場なし
背番号[編集]
- 71 (1991年 - 1992年)
脚注[編集]
- ^ ドラフトで「カバは蒲焼きのカバ…」五輪代表候補も瀕死の事故 元西武・蒲谷和茂さんの今 スポーツ報知 2018年4月4日11時0分
関連項目[編集]
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