蒲池山ため池

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蒲池山ため池
所在地 日本の旗 日本福岡県みやま市山川町河原内
位置
淡水・汽水 淡水
湖沼型 人口
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蒲池山ため池(かまちやまためいけ)は、福岡県みやま市山川町河原内にあるため池である。2010年(平成22年)3月25日農林水産省ため池百選に選定された[1]

概要[編集]

1717年(享保2年)柳河藩田尻惟信一級水系矢部川水系大根川に堰堤を築き現在も147haの水田や「山川みかん」 [2]などの付加価値の高い果実の灌漑として使用されている。 周辺を山々に囲まれた池は、自然豊かで季節にはホタルも乱舞していて、住民の納涼の地でもある。

伝説[編集]

参考(ため池百選記事)[3]

「ある年の夏、蒲池山の堤のそばの家に、一人の真っ白な長いひげと真っ白な着物、目つきの鋭いおじいさんが現れ、家の主に『この堤の長さは百間あるか。深さはどれくらいか。』と聞いた。薄気味悪くなった主は『この堤は浅く、長さも九十九間で、とても百間はありません。』と嘘を言った。これを聞いたおじいさんは、がっかりした様子で、『九十九間か、それではとても住めない。』と言ってパッと姿を消した。その後大きな蛇が堤の中から現れ、ざわざわと草木を押し倒して山の方へ消えていった。実は白ひげのおじいさんこそ大蛇の化身だったのだ。この伝えで堤がどんなに長くても「九十九間(約200m)以上はない」と言うことになっている。

「蒲池山の大蛇伝説」その2[4]

昔昔、非常に蒸し暑い夏の日のある日の夕方。河原内の入り江に一艘の小舟が波間に漂い流れづいた、夕涼みに出ていた村の若い者が次々と寄っていった。小舟の中には一人の若い女性が死んだ様に倒れていた。若い者は、どうしていいのかお互いに顔を見合わせながら困ってしまい、ぼけっと立っとるだけだった。そん中から一人の若もんが、小舟を岸に引き上げ乗り移りすぐ若い女性を引き起こした。すると、きれいな目をはっきり開けて、辺りば見回しながら若いもんに聞いた「ここは、どこですか。私は龍神の使いの者です。蒲池山というところに行きたいのですが、どう行ったらいいのでしょうか。」若い者が、「この道を真っ直ぐ、山の方に向かって行くといい」と答えると、女性は、きれいな声でお礼の挨拶をして、蒲池山の方さん消えていってしまった。残された若いは村にもどると、皆が口々に「綺麗な女性だった」「何しに来たのか」「どっから来たのか」「蒲池山さん、行きたがってたな。そっだけしかわからない。」「どっから来たのかと聞いたらよかった。」「それにしても、綺麗な女性であった。」など話しながら、家さん帰って行った。そん晩は、特に蒸し暑くなり、そして、夜中から闇を切り裂くごつ稲妻が走り、雷鳴がとどろき、豪雨となった。しかし、明け方にはころっと天気もよくなって、昨夜の嵐など、嘘んの様に天気になった。朝早くから、若いもん達が昨日の出来事や嵐ん事等話しながら、集まってきた。すると、そこに、昨日の女性が少しやつれた様子で、小舟でやってきた。若いもんが小舟ん周りに集まって。今度こそ、女性の正体をつきとめようと、口々に聞いた。「あなたは、どこから来た者ですか。」「蒲池山さん何しに来たのですか。」「名前ば教得てもらえませんか。」「あなたの言葉はここの方言でない。どっか普通んもんと違うので、どこから来られたのですか」等、女性は、あまり質問を気にもとめんないで、きれいな声で昨日のお礼を言うと小舟に乗り込んで、「私は、昨日申し上げたように、龍神の使いの者です。蒲池山には、龍神の住むのに都合のいい大きなため池と深い谷がたくさんあると聞いて見に来ました。しかし、立派な溜め池はありましたが、谷が一つ足りませんでした。明け方まで探して、九十九まで谷を見つけましたが、どうしても、一つ谷が足りませんでした。それで、あきらめて、帰るところです。」というと、小舟をさっと沖へこぎ出した。そして、「昨晩は、皆さんを大変驚かせて申し訳ありませんでした。」というがはやいか、はやてのように沖へ消えてしまい、後には若者達が呆然とたたずんでいた。

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 蒲池山ため池 - 農林水産省ため池百選
  2. ^ (山川みかん)福岡県商工会連合会
  3. ^ 蒲池山ため池 - 農林水産省ため池百選
  4. ^ 参考(山川町郷土史研究会編「山川町の民話・伝説・伝承創設二十周年記念改訂版より抜粋) - (標準語訳)

外部リンク[編集]