菊沢竜佑

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
菊沢 竜佑
東京ヤクルトスワローズ #35
Kikusawa.jpg
2017年1月9日、ヤクルト戸田球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 秋田県
生年月日 (1988-05-16) 1988年5月16日(30歳)
身長
体重
183 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り NPB / 2016年 ドラフト6位
初出場 NPB / 2017年9月12日
年俸 620万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

菊沢 竜佑(きくさわ りゅうすけ、1988年5月16日 - )は、秋田県出身のプロ野球選手投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。

秋田県立秋田高等学校立教大学を卒業後一旦野球から離れるが、2012年にクラブチームの横浜金港クラブに加わり競技に復帰する。2015年にはアメリカ独立リーグソノマ・ストンパーズ英語版に所属した。2016年には相双リテック軟式野球部に入部、同年のドラフト会議においてヤクルトの6位指名を受け入団した。

経歴[編集]

1988年、秋田市に生まれ、小学校4年次に野球を始める[2]秋田高校時代は1年時からベンチ入りを果たすも、2年時に左大腿骨骨折の怪我を負う。3年時の夏の大会は主力投手として活躍、4試合に登板するも本荘高校に7回コールド負け(1対12)を喫し準決勝敗退。

秋田高校卒業後は、立教大学に進学。1年時からベンチ入りし立教大学硬式野球部が通算800勝を達成した試合での勝ち投手にもなった[3]。3年時に右ひじを手術したこともあり、4年間で通算14試合登板・1勝に終わる[3]。卒業後は野球部の無い山崎製パンに一般社員として入社し、入社2年目からクラブチームの横浜金港クラブに入団[3]。1年後には会社を退職し、バッティングセンターでアルバイトをしながらプレーを続けた[3]

2014年には読売ジャイアンツの入団テストを受け合格するも、この年のドラフト会議では指名されなかった[3]

2015年に、アメリカに渡り、独立リーグのひとつパシフィック・アソシエーションソノマ・ストンパーズ英語版と契約し、1年間プレイした[3]

2016年に帰国したのち、横浜金港クラブの指導者の縁もあり、福島県に本社を置く相双リテックに入社、同社の軟式野球部に入部する[4]軟式野球のボールは硬式のそれよりも球速が出ないとされるが、それでも菊沢の直球は球速148km/hを記録。10月には東京ヤクルトスワローズがドラフト会議での指名を検討していると、スポーツ報知が報じた[5]

菊沢は主力投手として天皇賜杯全日本軟式野球大会では準決勝でノーヒットノーランを達成するなど準優勝に貢献。10月に行われたドラフト会議において、東京ヤクルトは6位で指名。11月14日に菊沢は東京ヤクルトとの入団交渉に合意した。契約金1000万円、年俸600万円と推定された[6]

人物[編集]

兄はバスケットボール選手で、強豪校として知られる秋田県立能代工業高等学校出身。実業団の曙ブレーキ工業に所属している。菊沢自身もバスケットボール観戦を趣味とし、能代工高出身の田臥勇太の著書のタイトル『Never Too Late』(今からでも遅くはない)を座右の銘とする[2]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2017 ヤクルト 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 16 3.0 5 1 2 0 0 3 0 0 2 2 6.00 2.33
NPB:1年 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 16 3.0 5 1 2 0 0 3 0 0 2 2 6.00 2.33
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB初記録

背番号[編集]

NPB
  • 35 (2017年 - )

脚注[編集]

[ヘルプ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]