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菅谷政貞

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菅谷政貞(すげのや まささだ、永正15年(1518年) - 天正20年5月2日1592年6月11日[1])は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将小田氏の家臣。左衛門大夫、摂津守を称した。後に入道して全久と号す。菅谷勝貞の子。子に菅谷範政、養子に菅谷政頼

生涯

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永正15年(1518年)、常陸国戦国大名・小田氏の家臣である菅谷勝貞の子として誕生。菅谷氏は赤松氏紀氏菅原道真の後裔を称した。

父同様、主君・小田氏治に忠義を尽くした。氏治が佐竹氏小田城を奪われると、氏治を居城の土浦城へ迎えて、小田城を何度も奪還した。しかし天正11年(1583年)、氏治が佐竹氏に臣従したため、やむなくこれに従ったという。

天正20年(1592年)、75歳で死去。

脚注

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  1. 寛政重修諸家譜』巻第六百五十