菅谷勘三郎

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菅谷 勘三郎(すがや かんざぶろう、1886年 - 1953年)は、昭和時代の日本の政治家。元群馬県議会議員(7期)、群馬県議会議長。群馬県吾妻郡岩島村(現東吾妻町)出身。

略歴[編集]

  • 1886年 - 名門の家庭に生を受ける
  • 1920年 - 岩島村長に就任
  • 1923年 - 群馬県議会議員に初当選。以後6期務める
  • 1941年 - 群馬県議会議長に就任(吾妻地区選出の議員として初)
  • 1947年 - GHQの命により公職追放の憂き目をみる
  • 1951年 - 群馬県議会議員選挙に出馬、当選し、県政への復帰を果たす
  • 1953年 - 死去

業績[編集]

  • 群馬県農業会副会長などを歴任。群馬県における農政のドンとして県政に隠然たる力を持っていた