荒木由太郎

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荒木 由太郎(あらき よしたろう、1922年 - 没年不詳)は、日本の政治家実業家

政治家の経歴[編集]

1951年東京都議会選挙目黒選挙区から立候補して当選。

1962年-1963年には、東京都議会自由民主党幹事長を勤めたが、1963年に都の外郭団体である東京都競馬株式会社から競馬場施設賃貸問題について便宜を図った見返りに賄賂を受け取った事件で起訴され、1971年12月に懲役1年8カ月追徴金250万円が確定した。また1965年の東京都議会黒い霧事件で小山貞雄陣営から議長選に絡んで賄賂を受け取った事件でも起訴され、1970年1月に懲役1年執行猶予3年追徴金30万円が確定した。

実業家の経歴[編集]

商店の小僧を振り出しに様々な職歴を持ち、住吉会の幹部であったと渡辺敬一郎は記している[1]中央競馬南関競馬の予想専門誌「勝馬」の創刊に関わった後、1964年競馬新聞の出版社であるダービーニュース社の社長に就任。人気予想家の大川慶次郎の引き抜きや早売り流通システムの確立などにより、10%以下だったシェアを33%に引き上げる手腕を見せた。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 日本競馬闇の抗争事件簿(渡辺敬一郎、講談社+α文庫)

脚注[編集]

  1. ^ 渡辺敬一郎『日本競馬 闇の抗争事件簿 JRA利権に群がる亡者たち』