草津駅 (広島県)

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草津駅
駅南側。右側が宮島口方面ホーム
駅南側。右側が宮島口方面ホーム
くさつ
Kusatsu
M22 古江 (0.8km)
(0.6km) 草津南 M24
所在地 広島市西区草津東二丁目11-24[1]
駅番号 M23
所属事業者 広島電鉄
所属路線 宮島線
キロ程 2.9km(広電西広島起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,415人/日(降車客含まず)
-2015年-
開業年月日 1922年(大正11年)8月22日
備考 1日当たりの乗車人員は、年間乗車人員を日数で除することで算出した参考値
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ホームから。右側が広電西広島方面

草津駅(くさつえき)は、広島県広島市西区草津東二丁目にある広島電鉄宮島線

歴史[編集]

草津は古来軍港として利用されていた港町で[2]、当地に設けられた魚市場からは海産物が広島市内へともたらされてきた[3]。そのため草津には輸送の需要があり、鉄道を通す動きも早い時期から存在した[3]。広島電鉄の前身、広島瓦斯電軌によって鉄道路線が開通したのは1922年(大正11年)8月のことであり、当駅はこれに合わせて草津町駅(くさつまちえき)として開業した[4][5]。当時の路線は己斐町駅から当駅までの2.8キロメートルあまりであったが、1年半後の1924年(大正13年)4月には廿日市町駅まで延伸している[2][3]。駅名が草津へと改称された時期は不詳であるが、1952年から54年ころのこととされる[5]

  • 1922年(大正11年)8月22日 - 宮島線が己斐町から当駅まで開通、草津町駅として開業[4][6]。駅舎も設置される[7]
  • 1924年(大正13年)4月6日 - 宮島線が当駅から廿日市町まで延伸[4][8]
  • 時期不詳(1952-54年) - 草津駅に改称[5]
  • 1971年(昭和46年)2月17日 - 駅舎が火災で焼失[2]

駅構造[編集]

草津駅はホームが地面に接する地上駅という形態である[9]。ホームは2面あり、2本の線路を挟み込むように向かい合って配置された相対式ホームで、線路の南に広電宮島口駅方面へ向かう下りホームが、北に広電西広島駅方面へ向かう上りホームがある[9][10]。両ホームは通路で結ばれ、駅の広電宮島口寄りには踏切がある。

以前はホームの南側に海産物輸送のための側線、北側には駅舎があったが、駅舎は1971年(昭和46年)2月に火災で焼失[2]、側線も海産物輸送の廃止に伴い撤去された。なお側線に接して設けられていたホームは当駅で折り返す市内線乗り入れ電車の乗降場も兼ねていたため低床車対応で、そのため当時高床車対応[11]であった本線のホームとの間で床面が傾斜していた。

利用状況[編集]

『広島市統計書』によると、2015年度の年間乗車人員の総数は推計で518千人であった[12]。参考として、日数で除して1日当たりの平均乗車人員を算出すると1,415人となる。

草津駅の乗車人員は以下の表のように推移している。

年間乗車人員の推移
年度 乗車人員(推計) 出典
定期 定期以外 総数
1998年度 155 千人 422 千人 577 千人 [13]
1999年度 141 千人 373 千人 514 千人 [13]
2000年度 140 千人 361 千人 501 千人 [13]
2001年度 127 千人 354 千人 481 千人 [14]
2002年度 133 千人 358 千人 491 千人 [15]
2003年度 125 千人 344 千人 469 千人 [16]
2004年度 125 千人 304 千人 429 千人 [17]
2005年度 130 千人 318 千人 448 千人 [18]
2006年度 135 千人 324 千人 459 千人 [19]
2007年度 150 千人 337 千人 487 千人 [20]
2008年度 154 千人 330 千人 484 千人 [21]
2009年度 159 千人 300 千人 459 千人 [22]
2010年度 169 千人 302 千人 471 千人 [23]
2011年度 179 千人 306 千人 485 千人 [24]
2012年度 182 千人 301 千人 483 千人 [25]
2013年度 189 千人 303 千人 492 千人 [26]
2014年度 206 千人 302 千人 508 千人 [27]
2015年度 219 千人 298 千人 518 千人 [12]

駅周辺[編集]

駅は旧草津町の中心部に位置する[9]。周辺は古くからの住宅街が広がり、神社・仏閣も多く点在する。南にしばらく行くと宮島街道に出る。その南側は1970年代以降に沿岸部の埋立によって出来た住宅地や商工センターの東端部となっている。

  • 中小企業大学校広島校
  • 西区スポーツセンター
  • 広島市立草津小学校
  • 草津保育園
  • 草津公民館
  • 草津公園
  • 広島市西部水資源再生センター
  • 西部開発多目的広場
  • 草津八幡宮
  • 慈学院太光寺
  • 海蔵寺[9]
  • 慈光寺
  • 幸神社
  • 浄教寺
  • 教専寺
  • 西楽寺

隣の駅[編集]

広島電鉄
宮島線
古江駅 (M22) - 草津駅 (M23) - 草津南駅 (M24)

脚注[編集]

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  1. ^ 路線・電停ガイド - 宮島線”. 広島電鉄. 2015年8月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年2月6日閲覧。
  2. ^ a b c d e 『広電が走る街 今昔』120-122頁
  3. ^ a b c 『広島電鉄開業100年・創立70年史』66-68頁
  4. ^ a b c 『広電が走る街 今昔』150-157頁
  5. ^ a b c 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』11 中国四国、新潮社2009年、39頁。ISBN 978-4-10-790029-6
  6. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1922年8月26日(国立国会図書館デジタル化資料)
  7. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』70頁
  8. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1924年4月11日(国立国会図書館デジタル化資料)
  9. ^ a b c d 川島令三 『山陽・山陰ライン 全線・全駅・全配線』第7巻 広島エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2012年、14・86頁。ISBN 978-4-06-295157-9
  10. ^ 川島令三 『全国鉄道事情大研究』中国篇 2、草思社2009年、118頁。ISBN 978-4-7942-1711-0
  11. ^ 鉄道線である宮島線ではかつて高床車(1090形など)が使用されていた[2]
  12. ^ a b 『広島市統計書』平成28年版
  13. ^ a b c 『広島市統計書』平成13年版
  14. ^ 『広島市統計書』平成14年版
  15. ^ 『広島市統計書』平成15年版
  16. ^ 『広島市統計書』平成16年版
  17. ^ 『広島市統計書』平成17年版
  18. ^ 『広島市統計書』平成18年版
  19. ^ 『広島市統計書』平成19年版
  20. ^ 『広島市統計書』平成20年版
  21. ^ 『広島市統計書』平成21年版
  22. ^ 『広島市統計書』平成22年版
  23. ^ 『広島市統計書』平成23年版
  24. ^ 『広島市統計書』平成24年版
  25. ^ 『広島市統計書』平成25年版
  26. ^ 『広島市統計書』平成26年版
  27. ^ 『広島市統計書』平成27年版

参考文献[編集]

  • 長船友則 『広電が走る街 今昔』 JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、2005年ISBN 4-533-05986-4
  • 『広島電鉄開業100年・創立70年史』 広島電鉄、2012年
  • 広島市企画総務局編 『広島市統計書』各年版

関連項目[編集]

外部リンク[編集]