茨城県立日立第一高等学校・附属中学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
茨城県立日立第一高等学校・附属中学校
Hitachi 1st High School.JPG
過去の名称 茨城県立日立中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 茨城県の旗 茨城県
理念 高い志・科学する心・未来を拓く力
校訓 誠実勤勉なれ
剛健質実なれ
規律礼儀を正しくせよ
自治独立につとめよ
和衷協同せよ
設立年月日 1927年4月11日
創立記念日 10月28日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
分校 本山分校(1974年廃校)
課程 全日制課程
単位制・学年制 進学重視型単位制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 08104D
所在地 317-0063
茨城県日立市若葉町三丁目15番1号
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

茨城県立日立第一高等学校・附属中学校(いばらきけんりつ ひたちだいいちこうとうがっこう・ふぞくちゅうがっこう)は、茨城県日立市若葉町三丁目にある県立高等学校中学校2012年に附属中学校を併設、中高一貫教育が始まった。

概要[編集]

生徒の自主・自律の精神が尊重されており、茨城県内では茨城県立水戸第一高等学校とともに制服を設けていない私服校である。部活動も活発で、サッカー部は1957年全国高等学校サッカー選手権大会準優勝、野球部は1985年全国高等学校野球選手権大会出場、2015年には茨城県大会準優勝、ラグビー部は1986年に茨城県内公式戦111連勝を達成している。

2007年、学校創立80周年を迎えた。

修学旅行が廃止されている。その代替行事として、宿泊学習(スキー旅行)、クラスマッチなどが行われる。マラソン大会では笠松運動公園周辺を10数キロの周回コースと設定して行う。 県北に予備校が少ないという環境を考慮し、校内には暖房完備の学習室(白堊会館)が設置されている。

沿革[編集]

  • 1927年1月22日 - 茨城県立日立中学校設置。同年4月の開校が認可される(定員500名)。
  • 1927年4月11日 - 日立第五尋常高等小学校(現・日立市立仲町小学校)の一部を借用して、茨城県立日立中学校開校。同校の第1期生が入学(入学者104名)。
  • 1927年7月8日 - 現在地に校舎が完成し移転。この校舎は県下初の鉄筋コンクリート校舎の三階建てで、威風堂々とした校舎本館は広く注目を集め、「白堊の殿堂」と称された。
  • 1928年10月28日 - 開校式が挙行される。この日が開校記念日となる。
  • 1932年3月6日 - 第1期生が卒業(卒業者77名)。
  • 1934年7月29日 - 皇太子明仁親王)御誕生記念プール竣工式が挙行される。
  • 1939年4月1日 - 学級増(定員750名)。
  • 1942年4月1日 - 学級増(定員1000名)。
  • 1945年4月1日 - 学級増(定員1250名)。
  • 1945年7月19日 - 艦砲射撃および空襲により校舎が全焼。
  • 1945年9月 - 日立製作所青年学校(現・日立工業専修学校)の校舎を借用し、授業を再開。
  • 1946年7月 - 改修された本校舎に移転し、授業を再開。
  • 1946年11月28日 - 復興式が挙行される。
  • 1948年4月1日 - 新学制実施により、茨城県立日立第一高等学校に改称し、全日制普通科高等学校となる。現在の校章を制定。夜間制高等学校を併置(定員400名)。
  • 1949年4月1日 - 全日制商業科を併置。定員1050名(普通科900名、商業科150名)。
  • 1950年4月 - 夜間制高等学校が定時制高等学校となる。
  • 1952年10月23日 - 創立25周年記念式典が挙行される。現在の校歌を制定、校旗を樹立。
  • 1955年4月12日 - 本山(もとやま)分校(定時制普通科)が開校(定員200名)。
  • 1957年10月17日 - 創立30周年記念式典が挙行される。
  • 1961年10月15日~17日 - 第1回白堊祭が開催。(白堊祭は原則、3年に1度開催。当時は1日目~2日目が文化祭、3日目が体育祭。2002年9月17日18日の第15回から文化祭のみ。体育祭は2001年に分離、開催され、以後3年に1度開催。)
  • 1962年4月1日 - 全日制定員1200名(普通科1050名、商業科150名)。
  • 1963年4月1日 - 商業科募集停止。全日制普通科の定員は1500名。
  • 1967年10月14日 - 創立40周年記念式典が挙行される。創立40周年記念誌を発行。
  • 1969年4月1日 - 全日制普通科の定員が1350名に。
  • 1969年12月1日 - 全クラスにストーブを設置。
  • 1973年4月1日 - 本山分校の新入生募集を停止(日立鉱山から日本鉱業が撤退したことによる)。
  • 1974年2月8日 - 1か月の試行期間を経て、制服完全自由化。
  • 1974年3月 - 本山分校廃校。
  • 1978年11月2日 - 創立50周年記念式典。創立50周年記念誌「白堊五十年のあゆみ」を発行。
  • 1980年7月31日 - 現在の本館が竣工。
  • 1995年4月1日 - 全日制普通科の定員が1134名に。
  • 1996年2月 - 推薦入学試験実施。
  • 1997年4月1日 - 全日制普通科の定員が1080名に。
  • 1997年10月3日 - 創立70周年記念式典。創立70周年記念誌「白堊七十年のあゆみ」を発行。
  • 1997年12月16日 - 正門前に校歌碑を建立。
  • 2000年4月1日 - 全日制普通科の定員が1040名に。
  • 2001年4月1日 - 全日制普通科の定員が1000名に。
  • 2002年3月5日 - 格技場を改修し、白堊会館と改称。
  • 2002年4月1日 - 全日制普通科の定員が960名に。
  • 2003年4月1日 - 文部科学省よりSuper English Language High School(通称・SELHi、2003年度~2005年度)に指定。
  • 2003年10月18日 - 第1回国際交流生徒派遣(~10月29日イギリスロイヤル・ラッセル・スクール)実施。
  • 2004年4月1日 - 全日制普通科を学年制から単位制に改める。
  • 2007年4月1日 - 文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクールに指定(指定期間は5年間)。
  • 2011年11月18日 - 定時制募集停止
  • 2012年4月1日 - 茨城県立日立第一高等学校附属中学校を開校し、中高一貫教育を開始。

校訓[編集]

  • 一.誠実勤勉なれ
  • 一.剛健質実なれ
  • 一.規律礼儀を正しくせよ
  • 一.自治独立につとめよ
  • 一.和衷協同せよ

著名な卒業生[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]