英連邦戦死者墓地 (横浜市)

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2006年4月25日日本神奈川県横浜市保土ケ谷区にある英連邦戦死者墓地にて、ANZACの日を記念するためニュージーランド国防軍代表として花冠を受け取るショー・ジェームス大佐

英連邦戦死者墓地(えいれんぽうせんししゃぼち、英語: Yokohama War Cemetery[1])は、神奈川県横浜市にあるイギリス連邦諸国の戦死者専用墓地

概要[編集]

第一次世界大戦以降におけるイギリス連邦加盟国の戦死した軍人については、イギリスを中心にして、世界各地に集団墓地及び記念碑が設置されており、コモンウェルス戦争墓地委員会が管理にあたっている。第二次世界大戦以降の戦死者については、日本にも墓地が設けられている。

設置[編集]

ANZACの日における追悼式典の様子(2006年4月25日)

第二次世界大戦後の1946年に、現在の横浜市保土ケ谷区に所在していた保土ヶ谷児童遊園地/保土ヶ谷錬成場が接収され、英連邦戦死者墓地が作られた[2][3]。約3ヘクタールの土地にイギリス1013基、オーストラリア278基など全部で1518基の墓碑が建立された[4]。1952年に日本国との平和条約発効によって接収解除となるが[2]、サンフランシスコ平和条約での宣言と第一次世界大戦後の「共に戦った者同士は、共に戦った土地で、共に眠る」という英連邦の方針もあって[2]、1955年に日本国とイギリス連邦諸国(イギリスカナダオーストラリアニュージーランド南アフリカ共和国インドパキスタン)の間に締結された「日本国における英連邦戦死者墓地に関する協定」(1955年9月21日署名、1956年6月22日効力発生)[5]に基づき、「英連邦戦死者墓地」の設置が確認された。

敷地は、日本国政府より英連邦戦死者墓地委員会に対し無償かつ無期限で貸与している。墓地内での設備や植物は制限されず、租税は免除され、維持・修復に必要な物品の輸入も無税である。

墓地はイギリス区、オーストラリア区、カナダ・ニュージーランド区、インド・パキスタン区、戦後区に分けられており[3]、第二次世界大戦における捕虜の死者や戦後のイギリス連邦占領軍の任務中の病死・事故死者も含み[6]、2014年時点で約1,800名が埋葬されている[7]。なお「戦後区」は、サンフランシスコ平和条約の宣言から逸脱するため、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドそれぞれの戦死者の祖国が葬られている人数で割った金額を支払うことで、英連邦戦死者墓地委員会が横浜市より土地を購入した[8]

毎年4月25日ANZACの日には、追悼式典が行われている[9]ほか、関係国要人の来日の際には、墓地を訪問することがあり、1975年5月にはエリザベス2世[10]、2015年2月27日にはウィリアム王子が訪れている[7]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度26分2.6秒 東経139度34分50.7秒 / 北緯35.434056度 東経139.580750度 / 35.434056; 139.580750