若王子文健

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若王子 文健(にゃくおおじ[1] / にゃこうじ[2] あやたけ、1873年明治6年)10月14日[1] - 1942年昭和17年)8月1日[1][2])は、明治から昭和期の実業家政治家華族貴族院男爵議員

経歴[編集]

京都(現:上京区岡松町)で華族・若王子遠文の長男として生まれた[1][3][4][5]。父の死去に伴い、1898年3月2日、男爵を襲爵した[1][5][6]

学習院高等科を経て、1900年7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業[2][3][5][7]。同年、東京府属となる[2][3]。その後、有隣生命保険重役、箱根土地監査役、日本大博覧会評議員、奉仕会副会長などを務めた[2][3][5]

1904年7月、貴族院男爵議員に選出され[8]公正会に所属して活動し、1925年7月まで三期在任した[2]

栄典[編集]

親族[編集]

  • 妻:錠子(ていこ、吉田重五郎二女)[1]
  • 長男:文俊(男爵)[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『平成新修旧華族家系大成』下巻、329-330頁。
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』81頁。
  3. ^ a b c d 『華族畫報』上、496頁。
  4. ^ 『大日本華族大鑑』65頁。
  5. ^ a b c d 『人事興信録』第13版 下、ニ61頁。
  6. ^ 『官報』第4397号、明治31年3月3日。
  7. ^ 『東京帝国大学一覧 明治33-34年』東京帝国大学、1900年、512頁。
  8. ^ 『官報』第6324号、明治37年7月29日。
  9. ^ 『官報』第724号「叙任及辞令」1914年12月29日。

参考文献[編集]

  • 杉謙二編『華族畫報』上、吉川弘文館、2011年(華族画報社大正2年刊の複製)。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第13版 下、1941年。
  • 筒井住蓮編『大日本華族大鑑』都通信社、1911年。


日本の爵位
先代:
若王子遠文
男爵
若王子家第2代
1898年 - 1942年
次代:
若王子文俊