若林町 (八尾市)

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若林町(わかばやしちょう)は、大阪府八尾市の地名。581-0038。 現在の町名地番では1 - 3丁目が存在する。

歴史[編集]

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日本 > 近畿地方 > 大阪府 > 松原市 > 若林町 (昭和30年 - 39年)の一部ほか

当地の八尾南駅あたりや大和川河川敷の地中にて弥生時代後期から鎌倉時代にかけての複合遺跡である八尾南遺跡が発見されている[1][2]。下層には弥生時代後期の集落跡が発見され、東西150メートル、南北70メートルの範囲に竪穴住居7棟、掘立柱建物などのほか、自然災害により村落が土砂で埋まる直前の状態が残っていたことがわかっている。その上層面からは、古墳時代初期の方形周溝墓が三十基以上見つかっている。

宝永元年(1704年)の大和川付け替え工事により村域は南側の集落、北側の耕作地に分断された。住民は大和川を渡って[3]耕作を行うこととなり不便を強いられたため住居を対岸・北側へ移す者が続出した。北若林地区は出郷(でんご)とよばれた。

明治22年以降、恵我村松原市を経て、昭和39年(1964年)八尾市に編入される。当時はまだ寒村であり、市街地から離れていたこともあり発展は遅れたが、1980年の地下鉄谷町線の延伸開通を期に企業団地が誘致され、都市計画道路も整備されて発展していった。

地理[編集]

八尾市のいちばん南西に位置し、西は大阪市(平野区)に、南は松原市に接する。 かつての旧村落は現在の3丁目の大和川堤防沿いにあり、集落の東外れに若林自治会館がある。1丁目に地下鉄八尾南駅があり、周辺は印刷関連企業や菓子製造関連の企業団地となっている。2丁目の若林口交差点周辺に小さな商店や住宅がある。

主な施設

(1丁目)

交通[編集]

鉄道

主要道路

校区[編集]

脚註[編集]

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  1. ^ 82 大和川改流と若林遺跡 - 松原市
  2. ^ 八尾南遺跡 - 遺跡ウォーカー
  3. ^ 昭和時代中頃まで「こんにゃく橋」と呼ばれた歩行者専用の浮沈橋があった(『河内どんこう』62号 2頁)。1961年撮影の空中写真では不鮮明ながら存在を確認できるが1975年撮影の空中写真ではすでに無くなっている。

参考文献[編集]

  • 平凡社 大阪府の地名II (ISBN4-582-49028-X) 1103 - 1104ページ
  • 角川日本地名大辞典 「若林庄(中世)」「若林村(近世)」(JLogos版)

関連項目[編集]