苅谷俊介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
かりや しゅんすけ
苅谷 俊介
生年月日 (1946-11-26) 1946年11月26日(70歳)
出生地 大分県速見郡日出町
身長 178cm
血液型 A型
ジャンル 俳優アマチュア考古学者
活動期間 1970年 -
主な作品
映画
影狩り』/『けんか空手シリーズ
里見八犬伝』/『もっともあぶない刑事
テレビドラマ
大都会 PARTII』/『大都会 PARTIII
西部警察 (PART1)
柳生十兵衛七番勝負』シリーズ

苅谷 俊介(かりや しゅんすけ、1946年11月26日[1] - )は、日本俳優・アマチュア考古学者日本考古学協会会員。身長は178cm、血液型はA型[1]

来歴[編集]

大分県に生まれる[2]。同県日出町出身[3]大分県立大分工業高等学校卒業後、家庭の事情で大学進学を諦めて上京して就職。働きながら俳優になろうと東宝芸能学校演技科に入学して、1968年3月に卒業[2][4]1970年の日米合作映画『トラ・トラ・トラ!』の助監督を経て、1971年渡哲也主演の松竹映画『さらば掟』で映画俳優デビュー[4]

東宝東映千葉真一主演映画で脇役として出演した後、1974年石原プロモーションに入社[4]。その後はテレビドラマ大都会』シリーズ、『西部警察』シリーズなどにレギュラー出演した。

趣味の考古学研究との両立のため、1982年に石原プロを退社(詳細は後述)[2]。俳優業の傍ら考古学の研究を続け、1985年1月には個人事務所の株式会社土舞台を設立[4]。1991年頃よりは約100人の考古学愛好家を集めて勉強会「考古見聞会」を主宰し[2][5]、2000年4月には日本考古学協会会員となった[4]

2003年頃より神奈川県秦野市に在住している[6]。2009年に故郷の日出町から「ふるさと親善大使」、隣接する別府市からは妻とともに「ONSENツーリズム別府特別観光大使」の委嘱を受けた[3]

人物[編集]

高校2年生のとき、学校をさぼるために学校の近所の発掘現場に通ったことがきっかけで考古学に興味を持つ[6]。俳優となり考古学からは一時遠ざかっていたが、1980年に石原プロの社長だった石原裕次郎の新居建設現場から多数の土器を含む遺跡が出土したことを契機に、再び考古学への情熱が再燃。石原プロの副社長(当時)の渡哲也に事情を説明して所属していた石原プロを1982年に円満退社した[2]。「考古学研究のため」とはどうしても言えなかったため、表向きの名目はあくまで「独立して俳優をやりたい」ということであった。

その後、俳優活動の傍ら考古学の研究を続けており、2011年までに発掘に関わった遺跡は、全国で30ヶ所以上にのぼり、古代史に関する一般向けの著書を出版。論文も発表している[2]邪馬台国の有力候補地である纒向遺跡の調査・研究は1984年頃からしており、2009年の発掘調査の際にはマネージャーには仕事を取らないよう命じて連日発掘調査を手伝った[7][8]

共演した舘ひろしとは公私共に懇意な間柄であり、石原プロを退社する苅谷に対し、「当面食べていくための金が要るだろうから」という理由から、舘が知り合いのレコード会社に頼んで苅谷を「倭(やまと)しうるわし」というタイトルの曲で歌手デビューさせ、その印税で生活出来るように取り計らったというエピソードが、苅谷の著書『土と役者と考古学』の中で語られている。

教育熱心なことでも知られ、娘との入浴中に『万葉集』を覚えさせていたという。これは「男と女の違いを教えるため」という独自の理論に基づく教育論であったという。田舎暮らしをしながら、考古学の研究(日本考古学協会に入会している)や畑仕事をしつつ、俳優業をこなしている。

左利きである。刑事を演じる際、拳銃を携帯するときに使うホルスターを、右利きの俳優陣とは逆の左腰に装着している。ただしペンや箸の作法は右手である。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

ビデオアニメ[編集]

吹き替え[編集]

バラエティ[編集]

ワイドショー[編集]

情報番組[編集]

旅番組[編集]

歴史番組[編集]

教育番組[編集]

著書[編集]

  • まほろばの歌がきこえる──現れた邪馬台国の都(1999年3月、エイチアンドケイ) ISBN 978-4901032605
  • 土と役者と考古学(2003年9月、山と渓谷社) ISBN 978-4635330367
  • 苅谷俊介の考古学対談(2005年5月、新日本出版社) ISBN 978-4406031622

出典[編集]

  1. ^ a b 苅谷俊介”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月16日閲覧。
  2. ^ a b c d e f “これからの人生 苅谷俊介さん 考古学への情熱やまず”. yomiDr./ヨミドクター (読売新聞社). (2011年7月4日). https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20110704-OYTEW60638/ 
  3. ^ a b 苅谷俊介さん、別府の観光大使に”. 「日韓次世代映画祭」「下川正晴研究室」公式ブログ (2009年11月4日). 2017年1月16日閲覧。 [要高次出典]
  4. ^ a b c d e 苅谷俊介のプロフィール”. 苅谷俊介公式サイト. 2017年1月16日閲覧。
  5. ^ “俳優の苅谷俊介さん 有年で考古見学”. 赤穂民報 (赤穂民報社). (2013年4月13日). http://www.ako-minpo.jp/news/7482.html 2017年1月16日閲覧。 
  6. ^ a b “苅谷俊介さん 戸川在住 66歳”. タウンニュース秦野版 (タウンニュース社). (2013年8月31日). http://www.townnews.co.jp/0610/2013/08/31/201883.html 2017年1月16日閲覧。 
  7. ^ “苅谷俊介も発掘…桜井市教委に熱いエール”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2009年3月20日). オリジナル2009年3月22日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090322010810/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20090320-OHT1T00207.htm 
  8. ^ “苅谷俊介さん・児玉清さんも興奮 纒向遺跡、現地説明会”. asahi.com (朝日新聞社). (2009年11月14日). オリジナル2009年12月19日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091219115811/http://www.asahi.com/national/update/1114/OSK200911140066_01.html 
  9. ^ 17年大河『おんな城主 直虎』新出演者14人発表 柴咲コウ父は杉本哲太、母は財前直見”. ORICON STYLE. オリコン (2016年5月26日). 2016年5月27日閲覧。
  10. ^ 古代史スペシャル 古代日本のハイウエー ~1300年前の“列島改造”~”. NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス. 日本放送協会. 2017年1月16日閲覧。

外部リンク[編集]