良岑清風

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良岑 清風(よしみね の きよかぜ、弘仁11年(820年) - 貞観5年4月15日863年5月10日))は、平安時代貴族朝臣桓武天皇皇子である大納言良岑安世の三男。母は丹治氏官位従四位下近江権守

経歴[編集]

仁明朝初頭の承和元年(834年)に内舎人に任ぜられ、承和5年(838年)に下野掾となる。内匠少允伊勢大掾を経て、嘉祥2年(849年)に従五位下叙爵する。

文徳朝に入っても、嘉祥4年(851年加賀介と引き続き地方官を務め、仁寿4年(854年)には従五位上に叙せられている。天安元年(857年)に左馬助次いで左近衛少将と京官の武官に遷る。天安2年(858年美濃介次いで播磨権介と地方官を兼ねるも、母の喪に服するため一旦官職を解かれ、その後再任されて本官に復している。同年11月に正五位下に昇叙。

清和朝貞観2年(860年従四位下に叙せられる。貞観5年(863年)2月に近江権守として地方官に転じたが、赴任後まもない同年4月15日に卒去享年44。最終官位は従四位下行近江権守。

官歴[編集]

六国史』による。

参考文献[編集]