興聖寺 (宇治市)

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興聖寺
Koshoji Uji Kyoto07n4440.jpg
本堂
所在地 京都府宇治市宇治山田27
位置 北緯34度53分24.1秒
東経135度48分49.45秒
山号 仏徳山
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦三尊
創建年 天福元年(1233年
開基 道元
中興年 慶安2年(1649年
中興 永井尚政(中興開基)、万安英種(中興開山)
法人番号 4130005006950
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庭園

興聖寺(こうしょうじ)は京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。

日本曹洞宗最初の寺院である。道元が興聖宝林寺を建立したことに始まる[1]。断絶のあと、慶安元年(1648年)永井尚政によって再興された[2]

山号は仏徳山(ぶっとくさん)。本尊釈迦三尊

参道は「琴坂」と称し、紅葉の名所として人気を博している。「春岸の山吹」「興聖の晩鐘」は宇治十二景に含まれている。

歴史[編集]

道元から安貞元年(1227年)に帰国、しばらく建仁寺に身を寄せた後、同寺を去って深草(現在の京都市伏見区深草)の安養院に閑居した。寛喜元年(1229年)頃のこととされる。安養院はかつて深草にあった藤原氏ゆかりの大寺院極楽寺の跡で、現在の京都市伏見区深草宝塔寺山町付近にあったと推定されている。天福元年(1233年)、道元は深草に興聖寺を開創する。『永平広録』によれば嘉禎2年(1236年)に開堂式が行われ、観音導利院興聖宝林禅寺と号した。なお、その前年の嘉禎元年(1235年)の「宇治観音導利院僧堂建立勧進之疏」(『建撕記』所収)によると、当時の興聖寺には仏堂はあったが法堂と僧堂はまだなく、道元は僧堂建立のための勧進を呼びかけていた。建築史家の太田博太郎は、この時点(嘉禎元年)からわずか1年足らずの嘉禎2年に伽藍が完成していたとは考えられないとしている[3]

興聖寺は、比叡山延暦寺の弾圧を受け、寛元元年(1243年)、道元が越前に下向して以降荒廃し、住持4代で廃絶した。その後慶安2年(1649年)、淀城主の永井尚政万安英種を招聘して5世住持とし、朝日茶園のあった現在地に復興したのが今ある興聖寺である[4]

当寺に伝わる古文書は『興聖寺文書』として刊行されている[5][6][7]

境内[編集]

興聖寺石造相輪
  • 本堂
  • 開山堂(現天竺殿)
  • 禅堂
  • 方丈
  • 鐘楼
  • 監寺寮
  • 石造相輪

参道[編集]

興聖寺の本堂に通じる参道は、紅葉と桜で有名な寺院であるが[8]、紅葉の新芽が燃えゆる4月末から5月初旬も、四季折々の景観を醸し出している。

宇治川右岸に面した総門より本堂に通じるまでの200m程の緩やかな勾配参道は、「琴坂」[9]と呼ばれている。

琴坂の参道沿いに流れる湧き水は、本堂脇の貯水槽に一旦貯められた朝日山の山水が流れており、その水の流れがあたかも琴の音色に聞こえ、長い参道が琴の形状に似ていることから、今日まで琴坂と呼ばれるようになった[10]

文化財[編集]

  • 手習観音

所在地[編集]

京都府宇治市宇治山田27

交通アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『宇治をめぐる人々』p.66
  2. ^ 『京都府の地名』239p
  3. ^ (横山、1950)、pp.252 - 255; (太田、1951)、p.133
  4. ^ 『京都の禅寺散歩』、pp.267 - 268
  5. ^ http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001474552-00
  6. ^ http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001440892-00
  7. ^ http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001530187-00
  8. ^ 道元禅師初開の道場 仏徳山 興聖宝林禅寺”. 曹洞宗近畿管区教化センター. 2017年6月18日閲覧。
  9. ^ 『京都の禅寺散歩』、p.269
  10. ^ 京都の寺社505を歩く<下>P346

参考文献[編集]

  • 竹貫元勝『京都の禅寺散歩』、雄山閣、1994
  • 太田博太郎「禅宗建築はいつ伝来したか」『日本建築学会論文集』42、1951、pp.128 - 139(CiNiiからダウンロード可)
  • 横山秀哉「山城興聖寺と曹洞宗伽藍の様式に就て」『日本建築学会研究報告』6、1950、pp.252 - 255(CiNiiからダウンロード可)
  • 『日本歴史地名大系 京都府の地名』、平凡社、1981
  • 山折哲雄・槙野修『京都の寺社505を歩く』<下>PHP研究所 2010
  • 『宇治文庫6 宇治をめぐる人々』宇治市歴史資料館 平成7年

外部リンク[編集]