能格性

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能格性(のうかくせい、ergativity)とは、ある言語の文法において、自動詞主語(S)と他動詞目的語(P)が同列に扱われ、他動詞の主語(A)だけが別扱いを受けることである。このような性質を示す言語を能格言語 (ergative language) と言う。

定義[編集]

述語動詞の一致などに関する文法項の分類のパターン(アラインメント)の類型論では、自動詞(一項動詞)の唯一の項をS、典型的な二項他動詞の動作主項をA、被動者項をP(またはO)とする。能格性とは、SがPと同列に扱われ、Aが別扱いされることである。

SがAと同列に扱われ、Pが別扱いされることを対格性(たいかくせい、accusativity)と言う。対格型アラインメントと能格型アラインメントは、主要なアラインメントの類型である。

主な能格言語[編集]

主な能格言語としては以下のものがよく知られている。

ただし、これらの言語は、必ずしも文法のあらゆる面で能格性を示すわけではない。特に、多くの能格言語は、後述する形態的能格性は持つが、統語的能格性は持たない。

形態的能格性[編集]

S/A/Pは項と述語の関係であり、その関係は項となる名詞句に標示される場合と述語となる動詞に標示される場合がある。そうした関係の標示に関してSとPが同列に扱われ、Aが別扱いされる場合を形態的能格性と言う。

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とは、項となる名詞句が述語動詞と持つ関係(文法関係・意味役割)を、名詞句に標示したものである。日本語では、下の例のように、S(1aの「太郎」)にもA(1bの「太郎」)にも助詞「が」が付く一方、P(1bの「犬」)には「を」が付く。SとAが同じ格で、Pが別の格なので、これは対格型アラインメントの例である。対格型の格組織では、SとAの格(日本語の「が」)を主格、Pの格(日本語の「を」)を対格と呼ぶ。

(1)  a.  太郎    歩いている。 
主格 
(1)  b.  太郎    犬    連れている。 
主格  対格 

一方、バスク語では、S(2aの Taro)とP(2bの zakurra)には何も付かず(「∅」で表している)、A(2bの Taro)にだけ k という格標識が付く。SとPが同じ格で、Aが別の格なので、能格型のアラインメントである。能格型の格組織では、SとPの格(バスク語の「∅」)を絶対格、Aの格(バスク語の k)を能格と呼ぶ。

(2)  a.  Taro  -  dabil. 
太郎  -ABS  歩いている 
絶対格 
「太郎が歩いている」
(2)  b.  Taro  -k  zakurra  -  darama. 
太郎  -ERG  犬  -ABS  連れている 
能格  絶対格 
「太郎が犬を連れている」

一致[編集]

項の人称・数・性などが述語動詞に標示される場合がある。これを項と動詞の一致と言う。たとえば、ワステカ・ナワトル語では、一人称単数のSとAは接頭辞 ni- で、Pは netʃ- で標示される。SとAが同じ接頭辞で、Pだけが異なるので、これは対格型のアラインメントである。

(3)  a.  ni kotʃi 
1SG 眠る 
「私は眠る」
(2)  b.  ni mic-  ita 
1SG 2SG 見る 
「私はあなたを見る」
(3)  c.  ti-  netʃ ita 
2SG 1SG 見る 
「あなたは私を見る」

一方、サカプルテック・マヤ語では、同じ一人称複数でも、SとPは接頭辞 ax- で、Aは qa- で標示される。SとPが同じ接頭辞で、Aは別の接頭辞になるので、能格型のアラインメントである。

(4)  a.  š-  ax war  -ek 
COMPL 1PL 眠る  -INTR 
「私たちは眠った」
(4)  b.  š-  at-  qa kuna  -:x 
COMPL 2SG 1PL 癒す  -TR.ACT 
「私たちはあなたを癒した」
(4)  c.  š-  ax a:-  kuna  -:x 
COMPL 1PL 2SG 癒す  -TR.ACT 
「あなたは私たちを癒した」

統語的能格性[編集]

形態論だけでなく、統語論の作り方)にも、対格的なものと能格的なものがある。たとえば、文を等位接続詞でつなぐ場合に同じ名詞句を省略すること(等位構造縮約)はさまざまな言語で可能である。英語もその一つだが、省略する名詞句はSまたはAでなければならない。下の例 (5b) のように、Pは削除することができない。

(5)  a.  Father  returned  and  ∅  saw  Mother  ]. 
「父は戻って来て母を見た」
(5)  b.  *[  Father  returned  and  Mother  saw  ∅  ]. 
「父が戻って来て母が(父を)見た」

一方、ジルバル語でも同一名詞句削除が可能だが、削除できるのは、SとPだけで、Aは不可能である。

(6)  a.  ŋuma  banaga-ny ∅  yabu-ŋgu  bura-n  ]. 
父.[ABS 戻る-NFUT  母-ERG  見る-NFUT 
「父が戻って来て母が(父を)見た」
(6)  b.  *[  ŋuma  banaga-ny yabu  ∅  bura-n  ]. 
父.[ABS 戻る-NFUT  母.[ABS 見る-NFUT 
「父は戻って来て母を見た」

形態的能格性を示す言語でも、統語論は対格的であることが多い。ジルバル語は主要な統語的操作(関係節補文・等位接続)において自動詞の主語と他動詞の目的語を同じように扱う珍しい例である[1]

主語に普遍的ないくつかの特徴をのぞいて考えると、形態論も統語論も完璧に対格的である言語は存在するが、逆に完璧な能格言語は見つかっていない[2]

能格性分裂[編集]

好まれる項構造[編集]

Du Bois(1987)は、能格性の談話的基盤として、文法的・語用論的な「好まれる項構造」(preferred argument structure; PAS)を提案した。彼の提案によれば、ある種の談話において、文法と語用論の両面で、項構造における項の数と役割に関する以下のような制限が見られる。

文法面では、1つの節に現れる語彙的名詞句(代名詞でない名詞句)の数に制限があり、2つ以上現れることは非常に稀である。また、語彙的名詞句はSやOに現れ、Aにはめったに現れない。この文法面の偏りを制約として表したのが次の2つの制約である。

  • 単一語彙項制約(one lexical argument constraint)– 1つの節につき2つ以上の語彙的な項を避けよ
  • 非語彙的A制約(non lexical A constraint)– 語彙的なAを避けよ

語用的には、1つの節に現れる新情報の数に制限があり、2つ以上現れることは非常に稀である。また、新情報である項はSやOに現れ、Aにはめったに現れない。この語用論的な偏りを制約として表したのが次の2つの制約である。

  • 単一新情報項制約(one new argument constraint)– 1つの節につき2つ以上の新情報の項を避けよ
  • 旧情報A制約(given A constraint)– 新情報のAを避けよ

このように、文法と語用論の両面で、SとOは語彙的な項・新情報である項が自由に現れるという共通性を持っている。これが能格性の基盤であるとDu Boisは主張した。

注釈[編集]


出典[編集]

  1. ^ Dixon 1994: 13.
  2. ^ Dixon 1994: 14.

参考文献[編集]

  • Dixon, R. M. W. (1994) Ergativity. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Du Bois, John W. (1987) The discourse basis of ergativity. Language 63: 805–855.
  • Lyons, John. 1968. Introduction to theoretical linguistics. Cambridge: Cambridge University Press.