肘井竜蔵

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肘井 竜蔵
2014marines 122.jpg
ロッテ時代(2014年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県加東市
生年月日 (1995-11-13) 1995年11月13日(23歳)
身長
体重
182 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手外野手
プロ入り 2013年 育成選手ドラフト1位
初出場 2015年3月28日
年俸 520万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

肘井 竜蔵(ひじい りゅうぞう、1995年11月13日 - )は、兵庫県加東市出身の元プロ野球選手外野手)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学4年時生から野球を始める[2][3]と、小野市立河合中学校時代に軟式野球部で全日本少年軟式野球大会に出場している。

兵庫県立北条高等学校への進学後は、2年秋から主将を務めた。硬式野球部は部員19人という少ないながら[4]、兵庫県高校野球秋季県大会では、準々決勝で姫路工業高校に6対3で勝利し、初の大会4強入りを果たすという躍進をみせた[5]。更なる上位進出を狙ったが、準決勝で神戸国際大附属高校と対戦するが敗戦、3位決定戦の関西学院高校との対戦では0-1と惜敗。近畿大会への出場はならなかった。その後、肘井は「平成24年度 国際交流事業兵庫県高等学校野球選抜チーム 台湾遠征」(12月22日-27日)のメンバー(18名)に選出、台湾遠征を経験した。秋季県大会での4強入りの評価もあり、北条高校は第85回選抜高校野球大会の21世紀枠候補に推薦されたが[4]、出場はならなかった。

在学中には春夏とも地元・阪神甲子園球場での全国大会へ出場できなかったが、対外試合で通算46本塁打をマーク[6]。最後の大会であった全国高等学校野球選手権兵庫大会では3回戦で敗れたため、一時はNPB入りを諦めかけた。しかし、神田吉輝監督から「誰か見ていてくれる人はいるから頑張れ」と励まされたため、トレーニングを続けたという[2]。その結果、2013年のNPB育成ドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから1巡目で指名[3][7]。支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)という条件で入団した。北条高校から輩出した初めてのプロ野球選手で、入団当初の背番号は122。仮契約を結んだ直後には、「子どもの頃からの夢が実現したことにワクワクしている。(入団を機にチームメイトになった)里崎智也を目標に、打撃力のある捕手になりたい」との抱負を述べた[6]

ロッテ時代[編集]

2014年、チームの本拠地・QVCマリンフィールドにおけるシーズン初のオープン戦(3月8日の対福岡ソフトバンクホークス戦)で、入団後初めて一軍に帯同。当初は試合前の新加入選手紹介セレモニーにのみ参加する予定だったが、「良い経験をさせよう」という伊東勤監督の意向で急遽ベンチに入ると、7回裏に代打で出場した(結果は三塁へのライナー)[8]。レギュラーシーズンでは、イースタン・リーグ公式戦60試合に出場。スタメン起用された13試合のうち10試合で安打を放つ[9]一方で、捕手登録ながら、出場試合の大半で外野を守った。シーズン終了後の秋季キャンプでは、育成選手ながら一軍の鴨川キャンプに帯同した[10]

2015年、3月10日に育成選手契約から支配下選手登録契約へ移行するとともに、背番号を69へ変更[11]。その2日後(12日)北海道日本ハムファイターズとのオープン戦に代打で初打席初安打を[12]放つなど活躍したことや、伊東監督から積極的な姿勢を高く評価されたことから、公式戦の開幕を一軍で迎えた[13]。4月2日に、北海道日本ハムファイターズとの本拠地開幕戦で「8番・左翼手」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー。4回裏2死3塁で迎えた第2打席で一軍公式戦初安打・初打点を斎藤佑樹からの適時二塁打で記録したことを皮切りに、2本の適時二塁打で2打点を挙げた[14]。しかし、9月21日のイースタン・リーグ対埼玉西武ライオンズ戦(ロッテ浦和球場)での打席で、佐藤勇から顔面死球を受けて病院に緊急搬送。搬送先の病院の医師から絶対安静を求められるほどの重症で、後に3週間入院すると、2度の修復手術を受けた[15]。一軍公式戦には通算で14試合へ出場したが、安打や打点はデビュー戦で記録しただけで、打率は.143にとどまった。

2016年、春季キャンプ直前の1月27日に、ポジション登録を捕手から外野手に変更[16]。一軍公式戦では8試合の出場で9打数無安打に終わったものの、イースタン・リーグ公式戦では、9月6日の対東京ヤクルトスワローズ戦で(同期入団の井上晴哉を含む)リーグ史上9人目のサイクルヒットを達成した。

2017年、一軍公式戦で自己最多の18試合に出場すると、打率.238を記録した。

2018年、イースタン・リーグ公式戦94試合の出場で6本塁打、19打点、打率.242を記録したが、一軍公式戦での出場機会はなかった。10月1日に球団から戦力外通告を受けた[17]ことを機に、現役を引退。

現役引退後[編集]

上記の経験を背景に、2019年からは、日本プロ野球選手会の事務局へ職員として勤務する。現役を引退することを選手会へ報告した際に、かねてから肘井の人柄を高く評価していた職員からのスカウトを受けたことによるという[18]

選手としての特徴[編集]

高校通算46本塁打を叩きだした打撃センスを持ち、長距離砲としても魅力充分。担当下敷領悠太スカウトからも、将来的には中軸を任せられる捕手にと評価された[19]

本格的に転向したのは高校からということで捕手としての経験は短いが、体格にも恵まれ地肩が強い。判断力にも秀でており、どっしりとした構えで、投手が投げやすいと思わせる捕手である[2] [6]

人物[編集]

本人は兵庫県加東市の出身だが、先祖は九州地方の出身とのこと。全国でも700人程度[12]という「珍しい名字なので、活躍して『肘井』の知名度を上げたい」と語っている[20]

2013年11月に京葉銀行文化プラザで開催された千葉ロッテマリーンズ新入団選手発表会において、同期入団の「井上さんの手下になりたい」と発言。場内の爆笑を誘った[21]

2014年1月に新人合同自主トレが開始され、新入団選手たちのお互いへの印象が語られたが、肘井へのコメントは「天然ぶりが物凄い」「寮の浴場でも食堂でもずっと喋っている」「ずっとボケてくるから突っ込むのが大変」という、まだ短い付き合い時間の中でも、最年少ながら物おじしない明るく元気な性格が伝わるエピソードばかりだったという[22]

愛称は「ゴジ」。2014年ロッテ浦和球場での打撃練習で、高卒新人としては異例の右翼場外へ推定140メートル弾を放ち、松井秀喜の愛称の「ゴジラ」にあやかって関係者につけられた。ロッテへの在籍中は、福浦和也サブローなどのベテラン選手からも「ゴジ」と呼ばれていたという[23]

前述した顔面死球で鼻骨と頭蓋骨を骨折。嗅覚が失われるほどの重症であったことから、ただちに修復手術を受けた。しかし、実戦への復帰を急いだため、顔の6カ所に整形用のプレートやボルトが埋め込まれたまま現役生活を終えた[24]また、手術を受けても嗅覚が回復していないという[18]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2015 ロッテ 6 14 14 1 2 2 0 0 4 2 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .143 .143 .286 .429
2016 8 10 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 2 0 .000 .100 .000 .100
2017 16 21 21 4 5 1 0 0 6 0 0 0 0 0 0 0 0 12 0 .238 .238 .286 .524
通算:3年 30 45 44 5 7 3 0 0 10 2 0 0 0 0 0 0 1 17 0 .159 .178 .227 .405
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



外野












2015 ロッテ 5 4 0 0 0 1.000
2016 3 4 0 0 0 1.000
2017 8 13 0 0 0 1.000
通算 16 21 0 0 0 1.000
  • 2018年度シーズン終了時

記録[編集]

初記録

背番号[編集]

  • 122 (2014年 - 2015年3月9日)
  • 69 (2015年3月10日 - 2018年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ロッテ - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年5月25日閲覧。
  2. ^ a b c .北条高・肘井捕手、ロッテ育成1位 ドラフト 兵庫 ”. 朝日新聞デジタル (2013年10月25日). 2014年3月10日閲覧。
  3. ^ a b 北条高、肘井選手 千葉ロッテ関係者とあいさつ ”. 神戸新聞 (2013年11月1日). 2014年3月10日閲覧。
  4. ^ a b 北条高校野球部がセンバツ21世紀枠候補に ”. 広報かさい(加西市) (2012年12月1日). 2014年3月10日閲覧。
  5. ^ 北条vs姫路工 2012年秋の大会 秋季兵庫県高校野球大会準々決勝 ”. 高校野球ドットコム (2012年9月29日). 2014年3月10日閲覧。
  6. ^ a b c 兵庫・北条高の肘井竜蔵選手がロッテと契約 ドラフト育成枠1位指名 ”. 産経新聞 (2013年11月27日). 2014年3月10日閲覧。
  7. ^ 【校長室ブログ NO170】 肘井君 千葉ロッテと仮契約 ”. 兵庫県立北条高等学校公式ブログ (2013年11月27日). 2014年3月10日閲覧。
  8. ^ 千葉ロッテマリーンズ 2014年3月8日  千葉ロッテマリーンズ公式facebook 2015年3月8日配信
  9. ^ 2014年度個人打撃成績(イースタン・リーグ)千葉ロッテマリーンズ 日本野球機構 2014年配信
  10. ^ 2014年鴨川秋季キャンプ参加選手について  千葉ロッテマリーンズ公式サイト 2014年10月21日配信
  11. ^ ロッテ 育成選手の肘井と支配下契約  デイリースポーツ 2015年3月11日配信
  12. ^ a b ロッテ肘井 自ら支配下登録祝い打、代打で“初打席”初安打! スポーツニッポン 2015年3月13日配信
  13. ^ 育成出身のロッテ・肘井が開幕1軍「失敗を恐れずやる」 サンケイスポーツ 2015年3月25日配信
  14. ^ 2015年4月2日 千葉ロッテ 対 北海道日本ハム 千葉ロッテマリーンズ公式サイト 2015年4月2日配信
  15. ^ 【球界ここだけの話(355)】顔面死球の恐怖! ロッテ・肘井が「深刻後遺症」と格闘中 サンケイスポーツ 2015年11月10日配信
  16. ^ 肘井選手 ポジション登録の変更について千葉ロッテマリーンズ公式サイト 2016年1月27日配信
  17. ^ “ロッテ 宮崎、安江、肘井が戦力外 今後は3選手とも未定”. スポニチアネックス. (2018年10月1日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/10/01/kiji/20181001s00001173242000c.html 2018年10月1日閲覧。 
  18. ^ a b “ロッテ肘井は選手会事務局で人生の第2章を後押し”. 日刊スポーツ. (2018年12月24日). https://www.nikkansports.com/baseball/column/bankisha/news/201812240000410.html 2019年10月2日閲覧。 
  19. ^ 2013年ドラフト会議全指名選手 ”. 千葉ロッテマリーンズ (2013年10月24日). 2014年3月10日閲覧。
  20. ^ 「肘井」の名前を全国に ロッテの育成出身の19歳が夢見るサクセスストーリー 産経新聞 2015年3月29日配信
  21. ^ 千葉ロッテマリーンズ新入団選手発表会 ”. パ・リーグTV  (2014年12月3日). 2014年3月14日閲覧。
  22. ^ 千葉ロッテマリーンズ2014年1月21日 ”. 千葉ロッテマリーンズ公式Facebook (2014年1月21日). 2014年3月10日閲覧。
  23. ^ 【ロッテ】育成出身「ゴジラ」肘井、支配下即安打! 2015年3月13日 ”. スポーツ報知 (2015年3月13日). 2015年4月2日閲覧。
  24. ^ “顔面死球から復帰のロッテ・肘井、現状打破へ強い決意「生き残るために、怖さを克服する」【マリーンズファーム通信#10】”. ベースボールチャンネル(BaseBall Channel). (2016年2月5日). http://www.baseballchannel.jp/npb/14885/ 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]