羽田貞義

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羽田 貞義(はた さだよし、1864年 - 1933年)は日本の教育者実業家。旧姓は寺島、号は鷲峰

信濃国小県郡桜井村(現長野県東御市)に生まれ、同郡和田村(現長和町)の羽田三郎の養子となる。1883年長野県師範学校を卒業し、1890年東京高等師範学校博物科を卒業。長野師範教諭を務めた後、群馬熊本千葉福島の各師範学校の校長を歴任した。

1924年に定年後帰郷し、1927年にはバス会社「和田嶺自動車」を設立して社長となり、山間部の地方交通として貢献した。

いずれも国会議員羽田武嗣郎は三男、羽田孜は孫、羽田雄一郎は曾孫にあたる。

主著[編集]

  • 「国民実践倫理講義」1914

参考文献[編集]

  • 『羽田貞義先生追悼録』鷲峯会 編
  • 『羽田貞義の研究』熊本大学教育学部紀要