群馬縣護國神社

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群馬縣護國神社
Gunmaken Gokoku Shrine.JPG
所在地 群馬県高崎市乗附町2000
位置 北緯36度19分2.65秒
東経138度59分7.34秒
主祭神 群馬県出身関係国事殉難者
社格 内務大臣指定護国神社・別表神社
創建 昭和16年(1941年)
例祭 10月16日17日
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群馬縣護國神社(ぐんまけんごこくじんじゃ)は、群馬県高崎市にある神社護国神社)である。明治維新から第二次世界大戦までの群馬県出身関係の戦死者4万7千274柱を祀る。

概要[編集]

明治42年(1909年)に群馬県招魂会が結成され、高崎公園内の英霊殿で毎年招魂祭を行っていた。昭和14年(1939年)制度改革により1県に1つ護国神社を作ることになり、7月5日に群馬縣護國神社造営委員会が発足、昭和16年(1941年)11月8日に内務大臣指定護国神社に指定され、同年11月19日に支那事変に至るまでの戦死者3.573柱を合祀した鎮座祭が行われた。その後大東亜戦争関係の戦死者を合祀し、現在は4万7千274柱が祀られている。

第二次大戦後のGHQ占領下においては誠霊廟、後に上野神社と改称した。独立後の昭和29年(1954年)7月12日に元の社名に復した。

平成8年(1996年)7月1日、神社本庁別表神社に加列された。

毎年五月上旬に雅楽管絃祭「管絃の夕べ」が無料で開かれている。 また、平成21年3月には特攻勇士の像が建立された。

御祭神[編集]

維新前後(元治元年‐明治二年)

熊本の乱(明治九年)

西南の役(明治十年)

日清戦役(明治二十七年‐二十八年)

北清戦役(明治三十三年‐三十四年)

日露戦役(明治三十七年‐三十八年)

韓国暴走鎮圧事件(明治四〇年‐四十二年)

台湾理蕃(明治二十九年‐大正三年)

大正三乃至九年戦役(第一次世界大戦シベリア事変)

済南事変(昭和三年)

満州事変(昭和六年‐十一年)

支那事変乃大東亜戦争

外部リンク[編集]