美華書館

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美華書館The American Presbyterian Mission Press)はアメリカ長老会が中国に設立した。出版・印刷機構。

1844年、アメリカ長老会は中国への布教にあたってマカオに花華聖経書房(The Chinese and American Holy Classic Book Establishment)を設立した。リチャード・コール(谷立)が責任者となり、2名の印刷工と1名の植字工がいた。1854年、花華聖経書房は浙江省寧波に移転した。

1858年、アメリカ長老会は印刷技術に詳しい宣教師ウィリアム・ギャンブル(姜別利)を派遣して、花華聖経書房を担当させた。花華聖経書房は美華書館と改名し、1860年12月に寧波から上海小東門に移転した。さらに1874年には小東門から北京路に移転した。

ギャンブルの指導下、墨海書館の地位にとってかわり、当時の上海で最大規模の印刷工場に急成長した。美華書館はロール式印刷機4台と平台印刷機1台、大型の手動印刷機4台、蒸気タービン1台、活字組版を所有し、広学会の発行物の印刷を請け負い、中国でのキリスト教布教にとって最も重要な出版印刷機構となった。

美華書館の主要出版物は『聖書』、宗教書、『英字指南』『心算啓蒙』『五大洲図説』『地理略説』のような教会学校の教科書、『万国薬方』『格物質学』『代形合参』『八線備旨』などの自然科学書であった。

ギャンブルは元宝式活字ケース架を発明し、活字のサイズを7種類に分けて、印刷の効率と質を向上させた。これは中国の活字書体制度の基礎となるものであった。

1915年、美華書館は華美書館と合併したが、1828年に清算を行い、設備は商務印書館に譲り渡した。

美華書館は中国の出版に関わる人材を輩出した。例えば1897年2月に上海に成立した商務印書館の設立者である夏瑞芳鮑咸恩鮑咸昌高鳳池はもと美華書館の植字工であり、長老会の信者であった。商務印書館の設立には当時の美華書館の責任者のジョージ・F・フィッチ(費啓鴻)の援助があった。