ジャンモンド

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ジャンモンド/Gens Mondo
出生名 大場 佳文(おおば よしふみ)
別名 縄 文土(じょう もんど)
生誕 (1956-11-03) 1956年11月3日
出身地 日本の旗 日本新潟県新潟市
学歴 慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業
職業 作詞家作曲家小説家音楽プロデューサーシンガーソングライター実業家
担当楽器 ギターピアノボーカル
活動期間 1975年 -
レーベル RCA(1977年-1978年)
日本コロムビア(1978年-1980年)
※「TROIS(トロワ) 」メンバーとして
RVC(1981年-1982年)
※「BIG BANG」メンバーとして
モンドミュージック(2012年-)
※「サクラガールズ」「レモンド」プロデューサーとして
ポニーキャニオン(2014年-)
※「ジェニオ 」プロデューサーとして
ジャンレコード(2015年-)
※「ジャンモンド」として
事務所 モンドミュージック合同会社(音楽制作会社、本社東京)
合同会社ジェニオ(音楽プロダクション、本社東京)
Deliver WOW LLC.(海外事業、本社米国ネバダ州ラスベガス
公式サイト [1]

ジャンモンド(別名:縄文土、本名:大場佳文、1956年11月3日 - )は、日本音楽プロデューサー作曲家作詞家小説家実業家。公式の英語表記はGens Mondo新潟県出身。学生時代専攻のフランス文学からヒントを得て「地球の人」という意味で命名された。代表作は2012年ロンドン五輪応援ソングのサクラガールズ『君とロンドン/YOU & I LONDON』。ツインボーカルユニット「ジェニオ」をプロデュースすると共に、シンガーとしても活動。詩曲と共に小説を書き、ミュージカル映画を企画制作。

日本文化発信の「SAKURA project JAPAN」、子供支援の「マザーラブ・プロジェクト」、東京六大学と米国アイビー・リーグの学生・OBを繋ぐシンクタンク「六大学メンバーシップ機構=ASUMO」を主宰。音楽制作のモンドミュージック合同会社[1]、音楽レーベルの「ジャンレコード」、音楽プロダクションの「合同会社ジェニオ」、海外事業の「Deliver WOW LLC.(米国ラスベガス本社)」[2]を経営。

アーティストネーム「ジャンモンド」の由来は、フランス語のGens=「人」、イタリア語のMondo=「地球・世界」で「地球人」の意味。漢字で「縄文土」と書くのは、慶應義塾大学時代から「縄文研究家」として、紀元前の日本で1万年以上平和が続いた縄文時代の自然と共生し、争いの無かったシンプルなライフスタイルへの回帰の思いを込めて縄文土器、論文や詩、音楽を制作していたことから。愛称はモンド。

略歴[編集]

少年時代〜「TROIS(トロワ)」結成[編集]

1956年新潟県新潟市出身。不動産会社経営の父、小学校教員の母の間の一人子。小学生時代合唱団に所属し、中学校時代ギターを始め、高校時代にフォークグループ「アワー・ハウス」を結成し地元ラジオ局に出演した音楽活動歴がある。

1975年新潟県立新潟高等学校を卒業後、同年に慶應義塾大学文学部フランス文学科に進学。竹内まりや等が在籍した音楽サークル「リアル・マッコイズ」に所属。リーダーは杉真理だった。同サークルを通じ、「ザ・ビーチ・ボーイズ」「クロスビー、スティルス&ナッシュ」風のウェストコーストミュージックを志す男性コーラスグループ「TROIS(トロワ)」を結成。メンバーは大場佳文(ジャンモンド)、白石嘉彦、竹市克己の3人で、ギターピアノ作詞作曲ボーカルを担当していた。

1976年東京都名古屋市大阪府などでライブハウス活動や、銀座「灯」(ともしび)などの歌声喫茶で下積みを送り、横浜市関内の音楽事務所・スタジオ「ファーストベース」(元寺内タケシとブルージーンズの山本進一社長)でオリジナル曲レコーディングを開始。

デビュー[編集]

1977年、「ポプコン東京大会」(ヤマハ主催)で自作曲『夕暮れの街』が受賞し、竹内まりやRCAレコード担当プロデューサー宮田茂樹に見出され、小坂忠プロデュースにより、当時英国で話題の実話をもとにした小説、同名テレビ特番の主題歌『私は13歳〜なぜママになってはいけないの』でデビュー。元「ザ・フィンガーズ」の高橋信之が編曲し、レコーディングは、新宿・曙橋にあったトラスタジオで行われ、高橋幸宏鈴木茂等が参加した。

1978年、「後楽園音楽祭」(日本コロムビア主催)で自作曲『緑の丘』がグランプリを受賞し、”第二の「ガロ」”と評判になり、日本コロムビアに移籍。「ガロ」のディレクターのもと、大ヒット曲『学生街の喫茶店』の名コンビ、詞/山上路夫、曲/すぎやまこういちのペンによる、ヨハネス・ブラームス交響曲第3番 をモチーフにした『美しきひと夏』で本格デビューを飾った。レコーディングには、斉藤ノブ徳竹弘文鈴木茂らが参加し、東京・赤坂日本コロムビア本社内スタジオでレコーディングされた。

1979年3月、ガロの『学生街の喫茶店』ライクな卒業讃歌『ブレンドコーヒー』と『BYE BYE LOVE』をカップリングしたシングルを発売。TBS系列夕方の番組「ぎんざNOW!」等にも出演し歌っていた。

1979年、アルバム制作を開始する一方、NHK「空の音楽祭」で自作曲『風に乗ったあの日から』が受賞し、人気兄弟デュオ「狩人」が歌唱する。舟木一夫のライブツアー、レコーディングでコーラス、伴奏を担当。「ロッテリア」「三本コーヒー」「三菱カラーテレビ」「クノールカップスープ」等のCMソングのコーラスで起用された。

ビッグバン時代[編集]

1980年7月、「トライアングル・プロダクション」(東京都港区青山、藤田浩一社長)に移籍。「レイジー」のキーボード井上俊次(現バンダイナムコアーツ副社長)と「BIG BANG」を結成。

1981年3月、クインシー・ジョーンズの曲『愛のコリーダ』の日本語版を西城秀樹の『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』のコンビあまがいりゅうじと元「SHOGUN」の大谷和夫の訳詞、アレンジによりレコーディング。B面にはエリック・カルメンの『I NEED YOU』[3]をカップリングしRVCレコードから発売された。関西バラエティ番組ヤングおー!おー!」等に出演。同プロダクションでは、「レイジー」の他、角松敏生杉山清貴菊池桃子らが一緒だった。

卒業〜独立起業[編集]

1981年3月、慶應義塾大学卒業後も、「TROIS(トロワ)」および「BIG BANG:のメンバーとして音楽活動を継続していたが、1981年9月解散し、コンピュータ・メーカー等で会社員生活を20年送った。その間モンドは、企業の宣伝部でフランク・シナトラ、「シカゴ (バンド)」等の内外アーティストの招聘、CMソングの担当をし音楽には関わっていたが、自身の音楽活動からは遠ざかっていたと言う。2002年に不動産業を経営していた父を亡くし、その志を継ぎ不動産の世界に転身。2005年都市再開発、不動産有効活用などのコンサルティング企業、株式会社レサンサジェス(フランス語でLes Cinq Sagesses 「五つの知恵」の意味)を東京都港区で開業した。

2011年3月、東日本大震災直後、現地にボランティア活動に入った後、渡米し、米国ネット小売ベンチャーで急成長のZappos.com社CEOトニー・シェイとの対談を通し、国際的な人材・文化・知的資産交流の必要性を痛感し、幸福を届ける“Delivering Happiness”をコンセプトに掲げるベンチャー企業 Deliver WOW LLC.(デリバーワウ合同会社)をネバダ州ヘンダーソンラスベガス隣接の市)に設立した。

2011年12月、Zappos.com社Tony CEOがアイビー・リーグハーバード大学出身者で、出身大学を超えて繋がる日本版アイビー・リーグが必要と考え、東京六大学の経営者、OB、学生を繋ぐ「六大学メンバーシップ機構=ASUMO:All Six Universities Membership Organization」を立ち上げた。ビジネスやスポーツだけでなく文化で国境を越えた草の根活動を展開する目的で、地球規模の諸問題の解決に向け具体的な活動を行う「行動するシンクタンク」を目指している。

ロンドン五輪〜サクラガールズ[編集]

2012年4月、25年振りに音楽活動を再開。ロンドン五輪(2012年7月開催)に向け応援ソングを提供したいと考え、『君とロンドン/YOU & I LONDON』を作曲し、人気ロックグループ、「センチメンタル・シティ・ロマンス」のベース瀬川信二のアレンジを基にレコーディングされた。シンガーには日本文化を発信するプロジェクトとして相応しい、日本舞踊書道茶道等の素養を有する少女ユニットを募集し、「ハロー!プロジェクト」出身の長澤若菜(オフィス斬所属)、吉永彩華(JMO所属)、鈴木麻比(JMO所属)の3人が選ばれた。桜の花の思いを日本から世界に届けるという意味で「サクラガールズ/SAKURA GIRLS」のユニット名が命名された。

2012年6月27日、東京・秋葉原「シックスティーン」で「サクラガールズ・デビュー・ライブ」が開かれた。3人が主人公の漫画『桜少女』も制作され、日本茶メーカーのスポンサードを得て、群馬県太田市ブラジル系の子供達40人と一緒に撮影されたシルクロードの終点日本から平和のシンボルをメッセージするコンセプト映像『文化の花道』をバックに、「ざまあみろ。アニメは元気だ! Anisong Crazy Power Night」の柿崎俊道のMCとDJにより大喝采のライブとなった。一般社団法人日本文化海外普及協会「COOL JAPAN」の会合に「サクラガールズ」が出席し、世界的な書道家小林芙蓉がユニット名を漢字で「桜少女」と書いた縁から、『君とロンドン/YOU & I LONDON』が日本文化発信の曲としてロンドン五輪「ジャパン・フェスティバル」の前夜祭テープカットソングに採用され、ロサンゼルスロンドン東京の3大都市でプロモーション展開された。 米国企業ニッケイグローバル社(本社:ロサンゼルス、代表:皆見友紀子)のコーディネイトにより、「サクラガールズ」の海外デビューイベントがロサンゼルス市「2nd Street」で開催され、西海岸ブログで話題になり、センセーショナルな海外デビューとなった。

2012年6月29日から7月2日にかけロサンゼルスコンベンション・センターで開催されたアニメ・エキスポAnime Expo 2012LA」において、全米800万人が視聴する「Crunchyroll(クランチロール)」の公開放送番組に出演。和服を洋風にアレンジしたコスプレルックが人気を集め、カメラの放列を浴びた。地元FMラジオ番組にも生出演し、日本人の多いガーデナ市、Ronald Ikejiri(ロナルド・イケジリ)副市長から市庁舎で親善表彰の賞状が授与された。 訪米中、風力発電地帯として世界的に有名なカリフォルニア州パームスプリングスでプロデューサー・モンドの映像が撮影された。その撮影中、モンドの代表曲となる『風のワルツ/The Wind Waltz』が台風並みの激しい熱風の中、大自然讃歌として生まれた。 帰国後、「サクラガールズ」は、「汐留博」(日本テレビ)等に出演し、ファンを増やしていった。スポーツ紙で「海外発日本再上陸のド派手な大和撫子」と報道された。

モンドミュージック創設〜ジェニオ誕生[編集]

2012年11月、東京・吉祥寺の路上で演奏していたミュージシャンとの出会いから、5人組のバンド「レモンド/Les Mondes」(フランス語で「地球人」の意味)を結成。路上で頑張る大道芸人画家ダンサー漫画家等とコラボし、彼らを支援する総合芸術集団として、音楽とアートの融合を目指す活動を開始した。

2012年12月8日、ジョン・レノンの命日、東京・武道館で開催された「ジョン・レノン・スーパーライブ」のステージでのオノ・ヨーコの「DREAM POWER、夢を持とう!」の言葉に、「ジョン・レノンの思いを後世に継承するミッションを感じ、対立や争いの無い世界の為に音楽で世界を変えて行く」決意をしたと語る。そして、国境やジャンルを超えた「世界音楽」を旗印とするフランス語で世界(Monde)の音楽(Musique)を目指す意味の「MONDE MUSIQUE(モンド・ミュージック)合同会社」が設立された。ジョン・レノンへの思いと、自身の25年の様々な思いを込めた曲作りと、「レモンド」のデビューアルバムのレコーディングが始まった。テーマ曲『風のワルツ』のイメージ映像は、東京・井の頭公園とバレエ・スタジオで撮影され、2013年2月グラミー賞公式イベントに出品された。

2013年1月、慶應義塾大学先輩にあたるロサンゼルス在住の音楽プロデューサーOsamu Kitajima(喜多嶋修)(元加山雄三と「ザ・ランチャーズ」)のレコーディング・スタジオ East Quest Recordsでレコーディングがスタートした。カーペンターズリンダ・ロンシュタットのセッションにも参加したミュージシャン、エンジニアが参加。Osamu Kitajima(喜多嶋修)雅楽のサウンドを光や色と共に伝える「ミュージック・カラー」に取り組んでおり、雅楽風の味付けが施され独特なモンド・サウンドに仕上がっていった。 海外でも日系人少女ユニットとして、「SAKURA GIRLS USA/FRANCE/CHINA・・・」などが企画され、実際に2013年1月、米国在住の日系二世の女性3人による「SAKURA GIRLS USA」が結成された。メンバーは、いずれもロサンゼルス在住のMAKO WILLIAMS(ウイリアムス真瑚、小学6年生、フィギュア・スケート選手、2012年全米ジュニアフィギュスケートチャンピオン)、ROXIE SAKURA(ロクシーサクラ、女性起業家、スピリチュアリスト)、KIRINA AWAMOTO(キリナアワモト、Texas Christian University学生)で、全員ボーカルをとり、絶妙なコーラスワークで、モンドの代表曲『風のワルツ/The Wind Waltz』などロサンゼルス喜多嶋修のスタジオでレコーディングされた。

2013年2月14日、ロサンゼルスで開催の「第56回グラミー賞」公式イベントに「レモンド」「SAKURA GIRLS USA」と共に参加。「日本文化をアメリカから日本に、世界に発信していこう」というコンセプトの「SAKURA PROJECT JAPAN」のプレス発表がなされた。その後ロング・ビーチ[要曖昧さ回避]で開催の「ビューティショー」会場でプロモーションが始まった。

このプロジェクト第一弾として、2016年、2020年開催の五輪に向けた応援ソング『The World Samba』、『The Wind Waltz』等を「SAKURA GIRLS USA」の歌でレコーディング。ロサンゼルス近郊バーバンク[要曖昧さ回避]のアイススケート場を借りきってメンバーのMAKO WILLIAMS自身の滑りでイメージ映像が撮影された。さらに、グランド・キャニオンベンチュラ・ビーチから、タイアユタヤ遺跡パッタヤービーチに飛び、雄大で悠久の美しく且つ過酷でもある悠久の山と海をバックにした自然と人の共生を願う「地球再生=RE:MONDE」と題したメッセージ映像を制作。グランド・キャニオンでは、実際に3000mの絶壁の岩の上でモンドがギターを弾く映像が撮影された。

2013年3月、イタリアヴェローナミラノローマヴァチカンと撮影は続き、フランスマルセイユで開催の「ジャパン・エキスポJapan Expo」会場内において、日仏文化交流として「SAKURA PROJECT JAPAN」のプロモーションを行い、市内各所で撮影を行うとともに、市内レコーディング・スタジオでモンドのテーマである環境問題を考える『地球の詩』が録音された。

2013年3月11日〜14日、東日本大震災の復興支援チャリティー・ミュージカルとして、ウィリアム・シェイクスピア原作の『ロミオとジュリエット』の続編創作ミュージカル『ロミオとジュリエットその後/After Romeo & Juliet』を岩手県陸前高田、東京、大阪の3ケ所で公演(主演:川﨑麻世紫とも、朗読:杉浦幸、原作:ジャンモンド、企画:六大学メンバーシップ機構、主催:SAKURA PROJECT JAPAN、制作:モンドミュージック、後援:Nikkei Global)。オリジナル・サウンド・トラックとしてモンド作の楽曲『風のワルツ』『星のバロック』『ロミオとジュリエットその後』などが収録された(歌:レモンド)。陸前高田「伝承館」での公演後、チャリティとして桜の植樹式が会場横の海を見下ろす丘の斜面で行われ、地元で生育した桜の苗木が「伝承館」佐藤文雄館長、出演者全員の手により植えられた。その場で、詩人石牟礼道子が東日本大震災翌月に書いた『花を奉る』にモンドが曲をつけ歌を捧げた。

2013年4月12日、ロサンゼルスで開催の「MTVミュージック・ビデオ・アワード」公式イベントに出展。各地でのロケ映像を収録したDVD『RE:MONDE』を出品。多くの映画スターや監督、地元紙の記者が視聴し、喝采を浴び、「SAKURA PROJECT JAPAN」についてインタビューを受け、以下の記事コメントが各紙記者により報道された。

  • Los Angels Free Press 「MONDE knows how to tug at a listner's heartstrings. He knows how to wring the emotion out of the briefest melody.」
  • LA's The Place (Online Magazine) 「MONDE delivers a modern romance addressing relatable relationship obstacles.」
  • Los Angels Daily News 「一人の日本人天才による音楽を超えた世界を繋ぐ運動が始まった。大震災の被災地、東北の海岸に咲き残った桜がグローバルな問題解決の今鍵になるだろう。これは世界を救う一種の音楽による革命だ。」

2013年8月、2020年オリンピックの東京誘致実現と夢に挑戦するアスリートに向けた応援ソング『美しき人』『ラブイズオール』の2曲を制作。東京・駒沢オリンピック公園で『ラブイズオール』のミュージック映像がオリンピック応援ソングとして撮影され、動画公開された。

2013年9月7日、ブエノスアイレスアルゼンチン)で行われた第125次IOC総会で、イスタンブールトルコ)、マドリードスペイン)を抑えて、東京が前回の東京オリンピック1964年)以来56年ぶり2回目となる2020年の第32回夏季オリンピック開催都市に決定し、その報告会が東京都庁で開催され、モンドも参加。新聞記者に「2012年のロンドン五輪に続き、日本を世界に紹介し、スポーツや様々な分野で挑戦する人を音楽で応援する活動をしていきたい」と語った。

2014年2月、新東京都知事誕生と共に、2020年に向け東京を世界に紹介する『東京わっしょい!』、日本の美しさ、素晴らしさを発信する歌『ハローニッポン!』の2曲を制作。東京・浅草寺、上野、皇居前、丸の内など歴史と現代を象徴するスポットでプロモーション映像が撮影された。

2014年3月25日、小児癌難病、教育格差にある世界の子供達に笑顔を送り、母親と家庭を支援する「マザーラブ・プロジェクト」のライブコンサートが東京・恵比寿で開催され、イタリアからカルテットオペラ歌手を招聘し、モンド作の同プロジェクトの主題歌『マザーラブ』『ホワイ・ベイビー・クライ?』『縄文ライフ』などが初披露された。ゲストの在日イタリア商工会議所(ICCJ)Davide Fantoni代表が祝辞を述べ、モンドは「イタリア日本シルクロードで繋がっていた歴史があり、ロミオとジュリエットの愛の発祥地で、音楽を通し親善を深めていきたい」と舞台挨拶で語った。

2014年4月、人と人の関係を大切にするコンセプトの人間関係創造プロジェクト「ジャン・マーケティング/Gens Marketing」の音楽分野として、レコード・レーベル「ジャン・レコード/Gens Record」が発足した。

2014年5月、前年公演のミュージカル『ロミオとジュリエットその後』の次回作品の主題歌および、2020年オリンピックの応援ソングを歌う男女2人組の本格派ツインボーカル・ユニットがオーディションで募集され、「ジェニオ」(イタリア語でGenio=才能・天才)の二人、志野(シノ・Shino)と神音(ジェオン・Geon)に決定し、テーマ曲『シンプル・ライフ』などのレコーディングがスタートした。

2014年6月、ブラジルで開催のW杯サッカー応援ソング『胸いっぱいの愛を』を作曲し、「ジェニオ」によりレコーディングされた。夢に挑戦する人を応援し、世界を「愛と平和」の輪で結ぶ『ゴーリング/Go Ring』プロジェクトのテーマソング。「世界が一つの輪になり繋がろう!」というメッセージで、2016年のリオデジャネイロ五輪に向け発表された。

2014年10月9日、ジョン・レノン、そしてショーン・レノンの誕生日。対立や争いの無い「愛と平和」に満ちた世界を目指し、日本発グローバル・コンテンツとして「愛と平和」をテーマにしたミュージカル『ジョンとヨーコの物語』と、「和魂洋才」をテーマにした和歌と音楽、芝居を融合したミュージカル『源氏物語』用の楽曲のレコーディングが開始された。

2014年11月3日、原宿もみのきハウスで、プロデューサー、モンドのバースデイ・イベントが開かれ、ミュージカル『ジョンとヨーコの物語』の制作発表がなされた。主題歌『ジョンとヨーコの物語』『ラブラブラブ』『ハッピー・トゥゲザー』の3曲が生バンドをバックに「ジェニオ」の歌で初披露された。モンドもギターで参加し、モンドの母ヤエもタンバリンで参加。アットホームな雰囲気の中でミュージカルの制作がスタートした。

2014年11月22日、小説『ジョンとヨーコの物語』の出版企画のもと、長野県軽井沢ジョン・レノンオノ・ヨーコ1975年から1979年まで毎年夏家族で滞在した「万平ホテル」「離山房」「フランスベーカリー」「碓氷峠」などを訪ね、関係者に取材。ミュージカル映画化に向けた企画と執筆が始まった。

2014年12月8日、ジョン・レノンの命日に渡米し、ニューヨークセントラルパークでの追悼集会に参加。ジョン・レノン凶弾に倒れた、自宅ダコタハウス前で事務所からイエローキャブで帰宅した、サングラスに黒ずくめ姿のオノ・ヨーコに遭遇し、日本から持参してきたモンドのメッセージとCDと共に献花。翌日から、ロサンゼルスOsamu Kitajima(喜多嶋修)のEast Quest Studioで「ジェニオ」のデビュー・アルバムのミックス・ダウンが、「ザ・ビーチ・ボーイズ」等を手がけた巨匠バン・ダイク・パークスの音楽監修により開始された。

2015年3月31日、卒業・入学シーズン向けに『卒業〜想い出のフォトグラフ』をiTunes配信により作者モンド自身の歌で発表。プロデューサー、モンドのソロデビュー曲となるこの歌は、作者モンド自身の体験談で書かれた。「人生50年を過ぎ、2月の寒い朝、前日まで元気だった友人が心不全で急死した。学生時代の友人で亡くなった友や、卒業式を最後に別れたままの仲間、恋人のことを思うと、今頃どうしているか、この季節になると染み染み懐かしくなり涙が出た。そんな思いがメロディとなった」と曲の由来を作者モンドは語る。「人生はカブトムシ七転び八起き」とビートルズで育ち、勇気付けられた人生を比喩。「Graduation Day、あの日別れた友・・・」のコーラスには、女性ゴスペル・チームの「ディア・デスティニー」のメンバーが参加し、圧倒的な歌唱力で盛り上げている。

2015年5月3日、『永遠のビートルズ』をモンド自身の歌でリリース。1970年4月10日、ポールマッカートニーの「ビートルズ」脱退宣言、そして1966年武道館での「ビートルズ」来日から49年目の2015年4月28日、ポールマッカートニーが武道館公演が開催。モンドは「武道館の楽屋入口に入る黒塗りの車から手を振るポールを1mの距離で出迎え、野外ビューイングで約1000人と共に武道館の正面入口で最後まで聞き、1曲目『キャント・バイ・ミー・ラブ』のシャウトの時、ジョン・レノンの声が聞こえた気がする。1960年代リアルタイムで「ビートルズ」の光を浴びて育った一人として、輝いていた1960年代のあの息吹を今の時代にまた吹かせたい。」と感想を述べた。モンド自身が歌うこの曲は『ヘイ・ジュード』を思わせる「ビートルズ」サウンドの香りが漂う構成で、1960年代を感じさせてくれる。

原作小説映画化[編集]

2016年11月23日 中東カタールドーハで開催の日本の伝統文化、ポップカルチャー、映画、音楽、産業技術、食文化、スポーツ文化交流などを目的とし開催の日本と世界を繋ぐPEACEプロジェクト「サムライフェスティバルinカタール」に、ランティス所属のアニソンシンガー米倉千尋佐咲紗花を招聘。ドーハ市内市場スークや、ドーハ「イスラム芸術ミュージアム」(Museum of Islamic Art, Doha)などで、モンドの原作小説の映画化に向けてのトレイラー映像の撮影が開始された。

2016年12月8日 ニューヨークセントラルパークイマジン・サークル」で開催のジョン・レノンの命日に例年開催の追悼式典に現地のラップ・ダンスユニットと共にモンドが参加。クリスマス装飾華やかなロックフェラーセンター自由の女神を望むバッテリーパーク、9.11の惨状の跡地に完成した1 ワールドトレードセンターエンパイア・ステート・ビルディングそして、ジョン・レノンが住んでいたダコタ・ハウス前など市内各地で、モンドの原作小説の映像撮影が行われた。

2016年12月22日 東北大震災復興支援アイドルグループ、みちのく仙台ORI☆姫隊のボランティア活動「サンタガールズプロジェクト」のテーマソングとして、♪『Happy Holidays! 〜みんなとクリスマス!〜』と♪『Lover's Pageant ラバーズペイジェント〜愛の煌めき』の2曲を楽曲提供。仙台「音屋」でレコーディングした音源に、マレイシア在住の日本人サウンドクリエイター鶴貝卓哉のアレンジを加え、ミックスダウン後、みちのく仙台ORI☆姫隊の公式サイトおよび動画投稿サイトでこの日公開。クリスマスイブには地元仙台市内で例年開催の「SENDAI光のページェント」などで歌われた。『Lover's Pageant ラバーズペイジェント〜愛の煌めき』は、全編英語で、ORI☆姫隊のNODOCA & KAREN & SEIKAの3人のボーカルで世界配信された。

音楽劇の制作・上演[編集]

2018年12月24日、 ジャンモンドは、総合術劇団「ジエニオ」の旗揚げ公演として、音楽と映像、そして芝居をシンクロさせた音楽劇『ダディとマザーの軽井沢物語 ヌ・ソム・ル・モンド~僕ら地球人~』を東京都港区南青山の「銕仙会(てっせんかい)」能舞台で上演。

この音楽劇は前述の小説『ジョンとヨーコの物語』を下敷きにした脚本により、海面上昇で都市が水没してしまった500年後、標高の高さで水没を免れた軽井沢を主舞台に展開するダディとマザーの物語である。ダディはジョン・レノン、マザーはオノ・ヨーコをモデルとし、500年後の世界の子孫である女性との時空を超えたコミュニケーションを通して二人の世界が展開される。映像には、原作者のジャンモンド自身が、ジョンとヨーコの出会いと生活の地ロンドン、リバプール、ニューヨークや、ハネムーンの地パリ、アムステルダム、そしてジョンがヨガの修行をしたインドのリシケシ、さらに京都、軽井沢などを巡って取材・撮影した素材が使われている。 [プレスリリース]https://www.atpress.ne.jp/news/173595 [公式サイト] https://noussommeslemonde.com

代表作品[編集]

  • 1977年(昭和52年)
  • 1978年(昭和53年)
    • 7月 『美しきひと夏(un été beau)』c/w『サンゴ礁の海」(詞/山上路夫、曲/すぎやまこういち、歌/TROIS(トロワ)、日本コロムビアから発売。シングルNo.LK75A
  • 1979年(昭和54年)
    • 3月 『ブレンドコーヒー』c/w『BYE BYE LOVE』(詞/竜真知子、曲/穂口雄右、歌/TROIS(トロワ))日本コロムビアから発売。シングルNo.LK84A
  • 1981年(昭和56年)
  • 2012年(平成24年)
  • 2013年(平成25年)
    • 2月14日 『地球再生/Re:Monde』4曲入りDVDアルバム発表。ミュージカル『ロミオとジュリエットその後/After Romeo & Juliet』サウンドトラック発表(脚本原作・詞曲/ジャンモンド、歌/レモンド、サクラガールズ)
    • 8月15日 『ラブイズオール/Love Is All』YouTUBE動画サイトで発表。(詞曲/ジャンモンド、歌/ジャン)
  • 2014年(平成26年)
    • 12月17日 『ハッピートゥゲザー〜みんなとクリスマス!/Happy Together on Xmas Day!』c/w『ラヴァーズ・ペイジェント〜愛の煌めき/Lover's Pageant』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)、Pony Canyon/ポニーキャニオンレーベルからiTunes等で配信。2曲6バージョン(フルサイズ、CMサイズ、カラオケ)入りミニアルバム。EPパッケージNo.PCP-01788
  • 2015年(平成27年)
    • 2月14日 『恋の歌・ビタースウィートラヴ〜ロミオとジュリエットその愛/Bitter Sweet Love - After Romeo & Juliet』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S001
    • 3月3日 『桜恋詩〜源氏えれじい/The Sakura Love Song - Genji Elegy』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S002
    • 3月9日 『ハローグッバイ/Hello Goodbye』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S003
    • 3月11日 『星のバロック/The Cosmo Baroque』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオfeat.【CC&DD】)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S004
    • 3月14日 『ホワイトラブ/White Love』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ feat.【CC&DD】)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S005
    • 3月20日 『愛は果てしなく/Everlasting Love』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S006
    • 3月26日 『ラブアンドピース/Love & Peace』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S007
    • 3月27日 『ニューヨークの裏側で/NY Feels Like Half A World Away』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S008
    • 3月31日 『卒業〜想い出のフォトグラフ/Graduation Day - Memorial Photograph』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジャンモンド feat. Dear Destiny)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S009
    • 4月5日 『ユートピア/UTOPIA』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信 。シングルNo.MONDO-S010
    • 5月3日 『永遠のビートルズ/Never Say Goodbye My Beatles』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジャンモンド)iTunes等で配信。シングルNo.MONDO-S011
    • 5月4日 『花/Flower』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信 。シングルNo.MONDO-S012
    • 5月5日 『ウィーラブジョン/We Love John』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信 。シングルNo.MONDO-S013
    • 8月14日 『君とロンドン/You & I LONDON』(曲/モンド大場、詞/モンド大場・英訳/ごまもとりさ、歌/サクラガールズLine Music等で再配信 。シングルNo.MONDO-S014、『カリフォルニアサンシャイン/California Sunshine』(詞曲/ジャンモンド、歌/ジェニオ)iTunes等で配信 。シングルNo.MONDO-S015
  • 2016年(平成28年)
    • 12月22日 『Happy Holidays! 〜みんなとクリスマス!〜』、『Lover's Pageant ラバーズペイジェント〜愛の煌めき』(詞曲/ジャンモンド、歌/みちのく仙台ORI☆姫隊

人物[編集]

  • 名前の由来は、11月3日「文化の日」の佳き日に生まれたことから佳文と名付けられたという。「父親は負傷帰還兵として九死に一生を得て、地元新潟で小学校教師をしていた母親と結婚し、まさに奇跡の出逢いで今生かされているのだ」と語っている。信条は「真善美」、亡父・和多呂の「和」をモットーとしている。
  • 8歳(小学2年)の時、新潟地震で被災。信濃川に架かる昭和大橋崩壊の真横の小学校の校庭で昼休み遊んでいた時M7.5の大地震が発生、プールが欠壊し滑り台の上に取り残され、九死に一生を得た。その後数ヶ月間、電気・ガス・水道の無い生活を経験し、自然災害の恐ろしさと辛さは今も忘れられないという。
  • 11歳(小学6年)の時、「ぼく兄弟がほしい」という文集を母・大場ヤエと出版し、地元新聞「新潟日報」に掲載される。兄弟がいない寂しさを、音楽や作文で表現し、古着や古本、おもちゃを届けるボランティア活動を行うような少年だったという。
  • 22歳(大学4年)の時、内定が決まっていた自動車メーカーの研修当日にレコーディングが重なり「音楽の道を選び留年した」という逸話がある。フランス文学科の同級生には、慶應義塾大学文学教授でコメンテーター荻野アンナフジテレビジョン専務取締役遠藤龍之介、等がいる。その後コンピュータ業界、教育業界、不動産業界でサラリーマン生活を送り、メーカー宣伝部員時代は、ロックグループ「シカゴ」や、ジャズの大御所メル・トーメフランク・シナトラなどの招聘を担当していたが、音楽活動からは一切遠ざかっていた。
  • 2011年3月、東日本大震災が人生の転機になったという。震災復興を日米の架け橋でと訪米し、ラスベガス本社の靴の通販企業Zappos(ザッポス)社と日本での文化・ボランティア支援の提案の際、同社Tony CEOの友人の親戚が宮城県石巻市で被災し行方不明との報に接し、手にしていた数珠を渡し、手紙を預かり、帰国後被災地に入り方々の避難所を捜索したところ、無事発見され、手紙を渡すことができた奇跡を感じて、「ジョン万次郎のように、日米の国境を越えた草の根交流をし続けていきたいと強く思い、ラスベガスに感動を届ける会社Deliver WOW(デリバーワウ)社を設立した」と語る。
  • 25年振りに音楽活動に転向するきっかけは、2012年4月、場活コーチングの泉一也との出会いだった。「自分が一番輝いていた時は?100%完全燃焼出来た時は何?」と聞かれ、即座に「学生時代、純粋に音楽にすべてをかけていた時」と答えると、「あなたが生まれてきたミッションは音楽だ。それなら音楽をやるべきでしょう」との師事により、音楽に人生の針路を方向転換したと言う。そして、「5月の連休に愛息との最後の温泉旅行先の山梨の露天風呂で、人生を変える曲『君とロンドン/You & I LONDON』のメロディが浮かんだのは、子供を通じての天からのメッセージだったのだろう」と懐かしむ一方、「音楽に没頭したことで結果的に離婚する事になり、そして今がある・・・」と全ては天命の為せる技と、音楽が自分に課せられたミッションと悟る。全てを捨て、断捨離し、何も持たないシンプルライフの生き方で、音楽の道を極め未来の子供達と地球のために献身したいと語る。
  • アーティストネーム「ジャンモンド」の由来について、「ジャンは、慶應仏文学生時代の高畠正明教授、白井浩司教授のもと研究し憧れていたフランスの哲学者小説家劇作家であるカミュ(Albert Camus、1913年-1960年)の「異邦人/L'Étranger」や、サルトル(Jean Paul Sartre、1905年-1980年)の「存在と無/L'Être et le néant」をヒントにし、「社会の不条理さの中で絶対的自由を求め人は生きるという”人間=ジャン”をテーマにした卒論から名付けた。モンドとしたのは、テレビ時代劇必殺仕置人」の主人公・中村主水(もんど)の正義感に厚く世直しに生きた人生に惚れ、人生をやり直す意味も込めた。漢字の「縄文土」は、学生時代からの縄文時代縄文土器の制作、研究や論文のペンネームに使っていたことから。」と語っている。

事業[編集]

音楽・小説・舞台・映画制作[編集]

『シンプルライフ』をテーマに、世界の子供達と地球の未来の為の音楽=「モンドミュージック」を制作し、発信することで、「LOVE & PEACE(愛と平和)」の思いを後世に継承していき、「UNIVERSAL LOVE(普遍愛)」に満ちた世界を築くことをミッションとしている。表現方法として、「音楽+小説+芝居+踊り=舞台・映画」という五感に響く総合芸術で、言語、地域を超えた作品を制作している。

ジャンレコード[編集]

人と人の関係を大切にするコンセプトの人間関係創造プロジェクト「ジャンマーケティング/Gens Marketing」の音楽分野のレコード・レーベル「ジャンレコード/Gens Record」は、”セブン・デイズ・ミュージック〜いつもあなたのそばに音楽を”と題し、春夏秋冬、月曜から週末まで、起きてから寝るまで、様々な年代、好みやライフスタイルに合った音楽を提供し、ミュージック・ライフに溢れた生活を提案する」趣旨で、プロデューサー・ジャンモンドの作品を配信するインディーズ・レーベルである。所属アーティスト、ジェニオ、ジャンモンド。

コンセプトについて、モンドは、「人間一生の間で出会える音楽の選択肢は意外に少ないもの。本当はもっと世の中には自分に合う音楽がきっとあるはずだ。しかし、多くの人はそれを知らないままでいる。今の時代にビートルズのように、全ての音楽を融合し、国境を越え世界中で親しまれる音楽が無い。”世界共通音楽”=コスモポリタン・ミュージックがコンセプトだ。月曜の朝聞く音楽と、金曜の夜聞きたい音楽、日曜の午後の音楽は違うはず。春の桜の下、夏の浜辺、秋の銀杏並木、冬のスキー場での音楽。朝起きる時、通勤電車で、ランチを食べながら、アフターファイブの移動中、ランニングの時、そして寝る前のひと時、など生活のそれぞれのシーンで聞きたい音楽を世界の全ての人に届けたい」と、語っている。

脚注[編集]

  1. ^ モンドミュージック合同会社
  2. ^ Deliver WOW LLC.
  3. ^ 川﨑麻世も日本語版カバーを出している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]