線状降水帯

線状降水帯(せんじょうこうすいたい)は、「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300 km程度、幅20~50 km程度の強い局地的な降水をともなう雨域」(気象庁が天気予報等で用いる予報用語)である[1]。すなわち、積乱雲が線状に次々に発生して、ほぼ同じ場所を通過・停滞する自然現象であり、結果として極端な集中豪雨をもたらし、災害を発生させることがよくある。
日本でこの用語が頻繁に用いられるようになったのは、2014年の平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害以降とみられる[2]。
概要[編集]
線状降水帯の実体は複数の積乱雲の集合体であり、メソ対流系の一種とされる[2]。「線状降水帯 - 積乱雲群 - 積乱雲」の階層構造をもつ事例もある[2]。局地的な集中豪雨などの原因になっていると見られる。
気象庁気象研究所によるレーダー観測の分析では、1995年(平成7年)から2006年(平成18年)に発生した台風以外の豪雨261件のうち、約6割(168件)は線状降水帯に起因していた。日本全国で発生し、特に西日本(九州と中四国)に多い。発生メカニズムは解明しきれていないものの、発生しやすい4条件として「雲の元となる暖かく湿った空気の流入(湿舌)」「その空気が山や冷たい前線とぶつかるなどして上昇(地形効果や風の収束)」「積乱雲を生みやすい不安定な大気状況(低いSSI)」「積乱雲を流しては生む一定方向の風」が挙げられている[3]。
日本では、集中豪雨発生時に線状の降水域がしばしばみられることが1990年代から指摘されていた[2]。気象研究所の津口裕茂・加藤輝之は、1995年(平成7年)から2009年(平成21年)の4月 - 11月の期間を対象として、日本で起きた集中豪雨事例を客観的に抽出し、降水域の形状についての統計解析を行った。その結果、台風によるものを除き、約3分の2の事例で線状降水帯が発生していることが明らかになった[2][4][5]。近年では、平成24年7月九州北部豪雨[2]、平成25年8月秋田・岩手豪雨[2]、平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害[6]、平成27年9月関東・東北豪雨[6]、平成29年7月九州北部豪雨[6]、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)[7]、令和2年7月豪雨[8]、令和4年6月北海道・東北豪雨で発生した。
線状降水帯という用語を初めて使用し定義したのは。気象庁気象研究所の加藤輝之氏らの著書である「豪雨・豪雪の気象学」という2007年に出版された研究者向けの教科書である。[9]それまでは、レインバンドという言葉の中に含まれていた。雲の形状としてはテーパリングクラウド,にんじん雲とも呼ばれる。
下層と中層の風向が同じ状況が続き、積乱雲の下降風に伴う冷気塊に乗り上げる形で風上に上昇流が発生し、新たな積乱雲が連鎖的に発生する。長時間同じ発生ポイントから雲が湧き続け、移動しないことが多くある。上層の強い風によって違う方向に流されない限り(または気温、水蒸気等の条件が解消されない限り)長時間同じところに雨が降り続けることになる。
分類[編集]
中緯度の線状降水帯については内部構造により、
- バックビルディング型
- バックアンドサイドビルディング型
- スコールライン型
に分類される。また、同じ場所に停滞するものと停滞しないものがある。大きさも様々である。
発生する条件[編集]
線状降水帯の物理システム、発生,維持機構について完全には把握されていないが、いくつかの条件が重なると危険な線状降水帯が発生することが知られている。[10]
- 二つ以上の方向からの風が、下層で合流(収束)する。または維持されること。
- 850hpaの相当温位が342K以上であること。および、500m高度の水蒸気フラックス量が150g/m-2/s-1であること(前線の南に入る湿舌)
- 自由対流高度(LFC)が1000m以下であること
- ストームに相対的なヘリシティ(SREH)が200m2/S-2以上であること
- 500hpa上空に寒気が入っており、下層の気温が高くSSIが低いこと。地上に気温傾度があること。
- 前線に向かって、北から乾燥大気が流入すること
- 同じ気圧配置が長時間継続し、環境場が変わりにくいこと
- CAPEが大きいこと
以上が発生しやすい条件であるが、5と6は必須ではない。あくまで停滞する線状降水帯が発生しやすいとされる条件である。地形の有無も線状降水帯の発生を助ける(強制上昇)要因となる。
発生する気圧配置の条件として、前線の南側に発生しやすいということが分かっている。しかし前線が無くても、風が合流する場所で小さい線状降水帯が発生する例もある。加えて二つの低気圧が特定の配置をした場合も、中央で手をつなぐように発生する。台風が接近した際に周辺のアウターバンドが線状降水帯になってしまう例もある。
2022年12月27日に開かれた「線状降水帯予測精度向上ワーキンググループ」での報告[11]では、海面水温の前線によって下層大気の温度にも大きな変化が生じ、それにより大気下層の風の収束が強まり、 積乱雲の発生に大きく影響している可能性を指摘した。
発生しやすい場所と時期[編集]
気象庁気象研究所は、過去の線状降水帯の発生事例をデータベース化し統計解析を行っている。その結果、日本においては海に面する都道府県が海岸から水蒸気が供給され、発生しやすいことがわかっている。特に九州は東シナ海やフィリピンからの暖湿流がダイレクトに流入するため発生しやすい。また下層の風向と上層の風向が一致すればさらに発生しやすい。線状降水帯は海洋国家であればどの場所でも発生する可能性はあるが、高気圧の縁に位置しやすい日本列島は地理的にも線状降水帯が発生しやすいと言える。
時期としては、暖湿流が高気圧の縁を周って入り込みやすい雨季、7月上旬が統計上最も発生しやすい。また夏は寒気の流入や地上の高温によって不安定になりやすい。
観測・予測・研究[編集]
日本においては、気象庁が2021年(令和3年)6月17日より、大雨による災害発生の危険度が急激に高まり(警戒レベル4相当以上)、さらに線状降水帯による非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況で、顕著な大雨に関する情報を発表している[12]。防災科学技術研究所が開発した、線状降水帯自動検知システムを利用する。さらに2022年(令和4年)6月1日より、「九州北部」など広域な地域を対象に半日程度前からの予測情報(気象情報)の提供を開始した[13][14]。
気象庁は今後の情報改善について、線状降水帯による大雨の可能性を伝える事前情報として2024年には都道府県単位で、2029年には危険度分布の形式で市町村単位での危険度を把握できるよう、いずれも半日前からの予測情報提供を目指すとしている。また、線状降水帯による具体的な雨域を伝える予測情報として、2023年には30分前を目標とした直前の予測情報を、2026年には2 - 3時間前を目標としたより早い段階での予測情報の提供を開始するとしている[15]。
日本の複数の研究機関は、2019年から線状降水帯に関する発生機構解明研究や、包括的観測プロジェクトを共同でスタートさせている。[16]主に九州や関東、西日本全域を研究フィールドとして選定し2023年まで行う。
具体的には、下層や中層の水蒸気を観測する「水蒸気ライダー」「マイクロ波放射計」「地デジ波水蒸気観測」や、雲の構造を3次元でスキャンする「MP-PAWR」、水滴の形状や湿度を計測する「ビデオゾンデ」、洋上GNSSを搭載した海上観測船といった最新の観測設備を西日本に配備し、線状降水帯の雲システムと物理過程を捉える。またGPMやひまわり9号といった気象観測衛星の水蒸気データも利用する。Metop-CやAquaに搭載されている「ハイパースペクトル赤外サウンダ」のデータを大気の水蒸気分布の把握に利用できないか検討する。
また、得られた観測データと富岳による大規模シミュレーション実験を通して、局地モデル(LFM)の計算式を改善させる。[17]現状でもMSMやLFMである程度線状降水帯が発生するかどうか診断することができるが、実際にどの場所で発生し、どのぐらい停滞するか予測することは困難である。
加えて、人工知能や機械学習を利用した「発生確率、統合ガイダンス」の開発も行い、数値予報の高度化に繋げる。またデータの偏りがなく高精度な初期値の作成と同化も予測の改善に繋がるため、手法を開発している。
発生報告が増えている原因[編集]
線状降水帯、特にバックビルディング型の降水形態の発生報告が増えている要因としてはいくつか挙げられるが、一つはアメダスや気象レーダーといった観測体制の充実によるものである。また統計解析ができるほどデータの分析手法が高度化したことも要因の一つである。線状降水帯自体は昔から発生している。
実際に線状降水帯そのものの発生頻度が増えているという統計解析は無いが、仮に増えている場合は、地球温暖化による海面水温の上昇に伴う水蒸気の蒸発量の増加(水蒸気フィードバッグ)が、線状降水帯の発生を助けている要因の一つと考えられる。また降水系の動きが遅く、停滞して災害をもたらすような現象が増加している場合も何らかの気候変化が影響していると考えられる。また1990年代から知られる地球の水蒸気輸送システムである「大気の川」と呼ばれる現象が温暖化によって強化され、線状降水帯に関係している可能性についても研究が始まっている。エアロゾルと呼ばれる大気汚染物質の微粒子の一つも関与が疑われている。
参考文献[編集]
- 津口裕茂 (2016-9-). “新用語解説 線状降水帯” (PDF). 『天気』63巻9号. 日本気象学会. pp. 11-13. 2017年7月15日閲覧。
- 津口裕茂, 加藤輝之 (2014年6月30日). “集中豪雨事例の客観的な抽出とその特性・特徴に関する統計解析” (PDF). 『天気』61巻6号. 日本気象学会. pp. 19-33. 2017年7月15日閲覧。
脚注[編集]
- ^ “[xnxx.com 気象庁が天気予報等で用いる予報用語(2017年3月現在)雨に関する用語 線状降水帯]”. 気象庁. 2017年7月7日閲覧。
- ^ a b c d e f g 津口(2016)、p.11
- ^ 【クローズアップ科学】「線状降水帯」は全国で起きる 連続して襲う集中豪雨、予測は困難『産経新聞』朝刊2017年8月21日(2017年8月23日閲覧)
- ^ 津口・加藤(2014)、p.19
- ^ 知恵蔵mini (2017年7月6日). “線状降水帯”. 朝日新聞出版. 2017年7月7日閲覧。
- ^ a b c “積乱雲が帯状に集まる「線状降水帯」豪雨原因に”. 読売新聞. (2017年7月5日). オリジナルの2017年7月5日時点におけるアーカイブ。 2017年7月7日閲覧。
- ^ 「線状降水帯」各地で発生 積乱雲、同じ場所で次々と朝日新聞DIGITAL(2018年7月11日)2018年7月21日閲覧。
- ^ “球磨川氾濫なぜ 流域上に積乱雲の帯、対策しづらい地形”. 朝日新聞. (2020年7月4日). オリジナルの2020年7月10日時点におけるアーカイブ。 2020年7月10日閲覧。
- ^ “なぜ今回「予測情報」は出なかった? 日本海の「線状降水帯」の特徴 15年前に初めて定義した専門家に聞くと…”. TBS NEWS DIG. 2022年12月23日閲覧。
- ^ “線状降水帯発生要因としての鉛直シアーと上空の湿度について”. 国土交通省 気象庁. 2022年12月23日閲覧。
- ^ “線状降水帯予測精度向上に向けた技術開発・研究の成果について”. 国土交通省 気象庁. 2022年12月29日閲覧。
- ^ “線状降水帯に関する各種情報:顕著な大雨に関する気象情報とは”. 気象庁. 2022年6月4日閲覧。
- ^ “線状降水帯予測の開始について” (PDF). 気象庁 (2022年4月28日). 2022年4月29日閲覧。
- ^ “今出水期から行う防災気象情報の伝え方の改善について” (PDF). 気象庁大気海洋部業務課、水管理・国土保全局河川計画課 (2022年5月18日). 2022年5月18日閲覧。
- ^ “別添資料” (PDF). 気象庁大気海洋部業務課、水管理・国土保全局河川計画課 (2022年5月18日). 2022年5月18日閲覧。
- ^ “第2期SIP課題「国家レジリエンスの強化」にむけた線状降水帯に関する包括的観測実験および 予測手法開発プロジェクトの紹介”. 数値予報研究開発プラットフォーム,気象庁,内閣府,防災科学技術研究所. 2022年12月23日閲覧。
- ^ “線状降水帯の予測精度向上に向けた取組の進捗状況について”. 国土交通省 気象庁. 2022年12月23日閲覧。
関連項目[編集]
- 積乱雲 - テーパリングクラウド(にんじん雲)
- 集中豪雨 - ゲリラ豪雨 - 雷雨
- 日本海寒帯気団収束帯(線状降雪帯、JPCZ)
- 大気の川 - 湿舌
- 梅雨前線 - 前線 - アウターバンド
- デレーチョ (自然災害)
- テレコネクション
- 大気循環