綾岡輝松

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綾岡 輝松(あやおか きしょう、文化14年(1817年) - 明治20年(1887年5月24日)は、江戸時代後期から明治時代にかけての浮世絵師、書家。綾岡有真の父。

来歴[編集]

姓は池田、通称は奈良屋吉兵衛。綾岡、輝松と号す。池田綾岡とも記される。江戸日本橋に生まれ、大奥御用達の呉服屋であった。始め本石川町川岸に住んでいた。絵を柴田是真に学び、書を中川憲斎に学んだ。嘉永1848年 - 1854年)から明治年間に作画をしており、団扇絵の意匠が巧みであり、また、能書家で、摺物も残している。天保13年(1842年)、湯島天神において天満宮の御開帳が開催されたとき、迷子のための標石「迷子石」を奉納しようとしたが、許可されなかった。そこで、嘉永3年(1850年)、改めて越後屋吉兵衛と名乗り、湯島天神に迷子石を奉納している。これが、その後の迷子石の流行の源となった。享年76。

作品[編集]

  • 「函館港船場町三菱支社真景之図」 錦絵 横大正方形
  • 「沓付双六」 錦絵 大倍判 万延元年(1860年)
  • 「東都築地ホテル館之図」 錦絵 慶応4年(1868年) 三康図書館所蔵

参考図書[編集]

  • 原色浮世絵大百科事典 第2巻 日本浮世絵協会編、大修館書店、1982年
  • 日本人名大辞典 上田正昭他編、講談社、2001年