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網干区

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
網干から転送)
網干区
あぼしく

丸亀藩網干陣屋跡
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
自治体 姫路市
旧自治体 揖保郡網干町
面積
13.38km²
世帯数
11,553世帯
総人口
29,295
住民基本台帳、2010年9月30日現在)
人口密度
2,189.46人/km²
隣接地区 市内:大津区勝原区、余部区
市外:たつの市太子町
姫路市役所網干支所
北緯34度47分20.46秒 東経134度35分19.84秒 / 北緯34.7890167度 東経134.5888444度 / 34.7890167; 134.5888444座標: 北緯34度47分20.46秒 東経134度35分19.84秒 / 北緯34.7890167度 東経134.5888444度 / 34.7890167; 134.5888444
所在地 〒671-1253
兵庫県姫路市網干区垣内中町120
網干区の位置(兵庫県内)
網干区
網干区
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網干区(あぼしく)は、兵庫県姫路市南西部の地域。

大別すると、臨海部を含む南部(昭和16年以前の旧網干町の区域、現在の山陽網干駅周辺)と旧旭陽村に相当する北部(現在のJR網干駅南側の一帯)に分かれる。

「区」を名乗るものの特別区行政区地域自治区等に類するものではない。詳細は姫路市#姫路市の「区」を参照。

また本稿では北西で接する余部区(よべく)についても述べる。

地理

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歴史

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  • 先述のように、遠浅の海を利用した沿海漁業のほか、海苔の養殖も古くから盛んだった。
  • 地名の由来は、721年養老5年)の放生会の式日に、殺生を禁じられた氏子の漁師が、網を干して、社参したことだと言われている[4]
  • 1919年大正8年)、臨海部に大日本セルロイド(現・ダイセル)の工場が進出、工業都市としての性格も持ち合わせるようになった。
  • 1889年明治22年)の町村制施行により、現在の区域に揖保郡網干町及び旭陽村が成立した。網干町と旭陽村の合併を経て、終戦間もない1946年昭和21年)3月、進駐軍の方針もあって姫路市と合併した。現在網干区を名乗る地名は、姫路市との合併時に網干町であった区域の名残である[5]
  • 網干中心部へ伸びる山陽電気鉄道網干線本線飾磨駅から延長線のようにまっすぐ西へ伸びているが、網干線の全線開業は本線姫路開業より18年も後の1941年(昭和16年)7月である。1909年明治42年)1月、国鉄網干駅から網干市街まで龍野電気鉄道(のちの播電鉄道)が路面電車を開業させ、更に北方は龍野町新宮町まで延伸したものの、1934年(昭和9年)12月に廃止されている。

網干区内の公共施設

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警察署

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郵便局

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  • 姫路網干郵便局
  • 網干本町郵便局
  • 網干駅前郵便局
  • 姫路田井郵便局
  • 網干宮内郵便局
  • 姫路浜田郵便局

かつては区内に普通局「網干郵便局」が存在したが、集配事務を飾磨に新設された姫路南局に統合する形で廃局となり、新たに特定局「姫路網干郵便局」が設置された。

市関係

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教育

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社寺

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名所・旧跡

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旧網干銀行本店

網干は江戸時代には水運の拠点、大正時代には大日本セルロイドの工場が建てられたため、当時を偲ばされる建築が多い。

交通

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鉄道

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一部地域では平松駅を最寄りとする。

バス

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道路

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網干区に本社を置く企業

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地名

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南部

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  • 網干区大江島
  • 網干区大江島古川町
  • 網干区大江島寺前町
  • 網干区垣内北町
  • 網干区垣内東町
  • 網干区垣内中町
  • 網干区垣内本町
  • 網干区垣内西町
  • 網干区垣内南町
  • 網干区余子浜
  • 網干区北新在家
  • 網干区新在家
  • 網干区興浜
  • 網干区浜田

北部

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  • 網干区和久
  • 網干区高田
  • 網干区坂出
  • 網干区福井
  • 網干区田井
  • 網干区宮内
  • 網干区坂上
  • 網干区津市場

余部区

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余部区
よべ
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
自治体 姫路市
旧自治体 揖保郡余部村
面積
2.08km²
世帯数
1,844世帯
総人口
4,895
住民基本台帳、2010年9月30日現在)
人口密度
2,353.37人/km²
隣接地区 市内:網干区
市外:たつの市、太子町
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概要

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  • 姫路市南西部、揖保川下流の北東岸に沿った田園地帯を指す地域名。区北東部には東芝姫路工場(1943年操業開始)が立地する。
  • 東部・南部で網干区と、北部で揖保郡太子町と、西部で揖保川を挟みたつの市と接する。
  • 戦前には揖保郡内の「余部村」だったが、1946年(昭和21年)3月、網干と同様に姫路市と合併し姫路市余部区となった。現在余部区を名乗る地名は、姫路市との合併時に余部村であった区域の名残である[5]
  • 経済的・人的交流としては網干区と一体として扱われることも多く(姫路市と余部村との合併の際も、余部村は網干町と一体としてみなされていた)、余部区にありながら「網干店」を名乗る店(マツモトキヨシ[7]ヤマダストアー[8]ほか)もみられる。また余部小学校の進学先は網干区内にある朝日中学校である。
  • 姫新線余部駅は北東へ直線距離で約9km離れた夢前川西岸に位置し、飾磨郡にかつて存在した余部村にあり当区とは無関係である。

公共施設

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交通

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  • 鉄道は走っていない。かつて北沢産業網干鉄道が区内を走っていたが、廃止された。
  • 市営バス全線廃止。神姫バス(ウイング神姫)は山陽網干駅とJR網干駅とを結ぶ55系統の一部が余部区内を縦断していたが、後に1日1本のみの循環ルートになり、前述の循環ルートが、2024年9月30日限りで廃止されたため現在は余部区内を走行する路線バスは存在しない。
  • 揖保川東岸に兵庫県道29号網干竜野線が沿い、区北部を兵庫県道133号網干停車場新舞子線がよぎる。区のメインストリートは区を南北に貫く市道「余部新道」である。

地名

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  • 余部区上川原
  • 余部区上余部
  • 余部区下余部

網干を舞台とする作品

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脚注

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  1. ^ 都市計画区域、市街化区域および市街化調整区域姫路市
  2. ^ 関西の“ナゾの終着駅” 真反対の「網干駅」と「野洲駅」には何がある?文春オンライン
  3. ^ 山陽網干駅前の案内板の表記による。
  4. ^ 『コンパクト版日本地名百科事典』、監修:浮田典良中村和郎高橋伸夫小学館、1998年
  5. ^ a b 姫路の雑学姫路市公式サイト
  6. ^ 歴史的建物「旧網干銀行本店」、大正風レストランに再生:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 2020年4月28日閲覧。
  7. ^ マツモトキヨシ網干店
  8. ^ 店舗情報

関連項目

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外部リンク

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