細谷喜一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

細谷 喜一(ほそや きいち、1904年明治37年)4月23日[1] - 1980年昭和55年)11月3日[2])は、日本内務官僚内閣官房副長官

経歴[編集]

群馬県出身。細谷信次郎の長男として生まれる[3]第一高等学校を卒業。1931年10月、高等試験行政科試験に合格。1932年3月、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。同年、内務省に入省し警視庁警部補となる[3][4]

以後、警視庁警務課教養係長、大塚警察署長、渋谷警察署長、地方警視静岡県警察部刑事課長、岡山県警察部特別高等警察課長、興亜院事務官・政務部第三課勤務、警視庁警視・労働課長、兼警視庁事務官・調停官、地方警視・京都府警察部特別高等警察課長、千葉県官房長四国地方総監府参事官香川県部長・警察部長などを歴任[3][4]

戦後、1945年10月13日に休職となり[5]、その後、退官した。以後、公営交通事業協会事務局長、新生活運動協会事務局長を歴任[6]大平正芳官房長官からの要請を受け内閣官房副長官に就任し[6]1960年12月から1964年7月まで(第2次池田内閣第3次池田内閣)在任した[7]

著作[編集]

  • 『茶心』福村書店、1949年。
  • 『茶の湯の人々』〈師友選書 第6〉明徳出版社、1955年。

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『「現代物故者事典」総索引(昭和元年~平成23年) I 政治・経済・社会篇』(日外アソシエーツ、2012年)p.1103
  2. ^ 『現代物故者事典 1980~1982』285頁。
  3. ^ a b c d 『人事興信録』第14版 下、ホ19頁。
  4. ^ a b 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』294頁。
  5. ^ 『官報』第5635号、昭和20年10月23日。
  6. ^ a b 「人 細谷喜一」
  7. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』468頁。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 『現代物故者事典 1980~1982』日外アソシエーツ、1983年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。
  • 「人 細谷喜一」『朝日新聞』(東京本社発行)1960年12月14日朝刊、10頁。