細川興治

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細川 興治(ほそかわ おきはる、1890年(明治23年)7月 - 1977年(昭和52年)8月16日[1])は、日本の華族子爵)、貴族院議員。

概要[編集]

1890年、清和源氏義季流谷田部細川家細川興嗣(子爵)の長男として出生。祖父は、常陸谷田部藩第9代藩主細川興貫。妻は越後村松藩第11代藩主堀直賀の孫、奥田釣子。

1914年明治法律学校明治大学法学部)卒業[1]1924年以降、宮内省に出仕し、宮内属、陵墓監、宮内事務官などを歴任[1]

1946年5月、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[2]研究会に所属して活動し、1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した[1]。1977年、死去。

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』53-54頁。
  2. ^ 『官報』第5815号、昭和21年6月5日。
  3. ^ 『官報』第7827号「叙任及辞令」1909年7月28日。
  4. ^ 『官報』第8142号「叙任及辞令」1910年8月11日。

参考[編集]

  • 『最新華族名鑑』(1911 東華堂書店)
  • 『茨城縣紳士錄』(1935 有備會)
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。


日本の爵位
先代:
細川興嗣
子爵
谷田部細川家第3代
1909年 - 1947年
次代:
華族制度廃止