細川益男
細川 益男(ほそかわ ますお、1924年11月29日 - 2010年3月31日)は日本の実業家である。大阪府出身。
来歴[編集]
1946年に武田薬品工業へ入社した後、1951年に父の細川永一の後を継いで細川鉄工所(現:ホソカワミクロン)に転じた。会長、社長等を経て2003年に代表取締役社長となり最初の引退後に発生した有利子負債200億円を実質ゼロにした。
2006年には、東北大学の非常勤理事に就任した。紫綬褒章、勲四等旭日小綬章など受賞多数。
馬主として[編集]
1966年にイギリスで手術を受けた際に医師の勧めを受けたこともあり、翌1967年から日本中央競馬会の馬主となる[2]。
益男自身は粉体処理技術の分野においてその牽引役を長きに渡って果たしてきた業界の功績者でホソカワミクロンがその分野での世界最大手の会社であることもあり、これに関連する業界では元々知名度の高い人物であるが日本では馬主としての知名度も高い[2]。
マチカネワラウカド、マチカネフクキタル(ペアで「笑う門には福来たる」)に代表されるユニークな馬名のネーミングで知られ、過去には新馬の馬名を一般公募で募集して(前述の二頭も公募)話題になったこともある[2]。
「マチカネ」の冠名で知られるが、それは旧制浪速高等学校があった豊中市の待兼山に由来する[2]。なお、「マチカネ」の他にも自社の社名から「ミクロン」を冠名に使っていた時期もある(1984年の新潟大賞典を勝ったミクロンテンローなど)。
1992年には待兼牧場を開くなど、オーナーブリーダーとしても知られている。実子(長男)[3]で現在の社長である細川悦男も馬主資格を取得しており、マチカネモエギなど、数頭を所有していた[4]。また、益男の実娘で悦男の実妹である細川祐季子も馬主であり、「ユノ」の冠名で競走馬を所有している。しかし、益男の死後、益男・悦男の所有馬の多くは吉田千津(社台ファーム・吉田照哉代表夫人)名義となったが、祐季子は引き続き馬主として活動している(ただし、冠名を付けない競走馬も所有するようになった)[5]。
主な所有馬[編集]
- マチカネアレグロ(アルゼンチン共和国杯)
- マチカネイシン(小倉大賞典)
- マチカネイワシミズ(皐月賞馬ハードバージの全弟)
- マチカネオーラ(中京記念)
- マチカネキンノホシ(アメリカジョッキークラブカップなど)
- マチカネタイテイ(京阪杯)
- マチカネタンホイザ(高松宮杯など)
- マチカネハチロー(マイラーズカップ)
- マチカネフクキタル(菊花賞など)
- マチカネライコー(金鯱賞)
- マチカネワラウカド(東海ウインターステークスなど)
- マチカネニホンバレ(エルムステークス)
脚註[編集]
- ^ 当社の「第二の創業者」会長 細川益男逝去のお知らせ ホソカワミクロンHP ニュースリリース2010年4月5日付 2011年2月26日閲覧
- ^ a b c d 産業経済新聞社発行 Gallop臨時増刊「週刊100名馬」vol.80号 マチカネフクキタル pp.4-5
- ^ ホソカワミクロン公式サイト「故 ホソカワミクロン株式会社 会長 細川 益男 の「お別れの会」について」 - 2010年4月26日発信
- ^ ネットケイバ公式サイト「細川悦男の年度別成績」
- ^ ネットケイバ公式サイト「細川祐季子の年度別成績」