細川政国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 
細川政国
時代 室町時代後期 - 戦国時代
生誕 正長元年(1428年
死没 明応4年8月23日1495年9月11日
改名 政国→道勝(別名)
別名 六郎(通称)、元国
戒名 禅昌院道勝大憧
官位 中務少輔右馬頭
幕府 室町幕府摂津分郡守護
氏族 野州細川氏→典厩細川氏
父母 父:細川持春、養父:細川持賢
兄弟 教春政国賢春
政賢

細川 政国(ほそかわ まさくに)は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将細川典厩家当主。細川持春の子。

生涯[編集]

典厩家の当主・細川持賢養子となり、応仁2年(1468年)に養父が死去したため、家督を継いで当主となった。応仁の乱では細川勝元を支持し、文明5年(1473年)に勝元が死去して幼少の嫡男・政元が家督を継ぐと、その後見人として補佐を務めた。

文明17年(1485年)、8代将軍足利義政に従って出家した。文明18年(1486年)には摂津西成郡の分郡守護に任じられている。明応4年(1495年)8月23日に死去。後を子の政賢が継いだ。