紀元前512年

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紀元前512年(きげんぜんごひゃくじゅうにねん)は、西暦ローマ暦)による年。

紀元前1世紀共和政ローマ末期以降の古代ローマにおいては、ローマ建国紀元242年として知られていた。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前512年と表記されるのが一般的となった。

他の紀年法[編集]

できごと[編集]

ペルシア[編集]

ギリシア[編集]

スキタイ[編集]

中国[編集]

  • 孫武(『孫子』の著者)が、闔閭の下で、将軍、軍師となる。(おおよその年)
  • 呉が鍾呉子を捕らえ、ついでを攻め滅ぼした。は徐を救援しようとしたが間に合わず、徐子章羽の亡命を受け入れて、夷にとどまらせた。
  • 呉王闔閭が呉軍を3軍に分けて楚に遊撃戦を仕掛ける伍子胥の戦略を採用した。

誕生[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]