米騒動

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米騒動(こめそうどう)は食糧騒擾(農牧産物の消費者の騒擾)の一種である。ヨーロッパでは食肉暴動などもあるが、一般に穀物パン・麦粉など穀物関係の騒擾が最も多い。必需品である上に保存が効くため、買い占めて値を吊り上げるのに格好だからである。したがって米食が基本の東アジアモンスーン地帯では米騒動が主で、日本はその典型である[1]

商人の存在は都市の発生と共に古く、農畜産物を商品化する階級を掣肘する政治勢力が無い場合、食糧価格が上がるため、食糧騒擾は古代から存在した。殊に地中海世界は夏季の雨量が少ないため穀作に適せず、葡萄酒や陶磁器などの商工生産物の貿易によって黒海方面などから穀物を輸入する都市文明として栄えたが、遠路の輸入経路に乱れが生じた際に、支配的な商工階級が穀価を吊り上げるのを抑える政治勢力がいなかった。ギリシャ(殊にアテネ)やローマはその典型であったが、中世末のイタリア北半や近世初頭のフランドルもそうであった。毛織物業で栄え商工業者が支配する都市国家で穀物を輸入に依存していたからである。これらの都市国家の例を別にすれば、食糧騒擾は一般に、王権の衰える封建制末期に始まり、市民革命の前後に多い。ブルジョワジーが支配的になっているが、まだ第一次産業が中心なので投機の主要な対象が穀物になるためである。

日本の米騒動も近世後期に本格化する。農民の年貢小作料の減免を要求する百姓一揆とは基本的に異なるが、耕地が少なくて飯米を買わねばならぬ貧農は米屋をも襲うので、米騒動の性格が混在する農民騒擾も珍しくはない。

近世の米騒動[編集]

一般に食糧価格を下げることと賃金を上げることは、食糧騰貴に対し同じ効果を持つ方法なので、日本でも鉱山塩田仲仕中馬などの集団労働では賃上げ型の米騒動が(古い現物給与の習慣も相まって)見られる。加賀金沢金箔職人、信州飯田元結職人など同職者が集住するところでは、彼等の賃上げ争議が一般庶民の値下げ騒擾に合流して主導することも有った。欧州では花形産業の毛織物工場が中世末から都市内にあり、近世には炭坑も家庭燃料を供給するようになったので、労働者の賃上げ争議が食糧騒擾の一環であるという常識が早くから成立していた。しかし、日本近世は石高制だったので、藩米・扶持米の換金率が良くなるよう米価をつり上げる役を負わされた各藩の特権商人を標的とする街頭騒擾が、日本の米騒動のイメージになっていた[2]

西欧の食糧騒擾は産業革命で消えるが、「上からの近代化」を行った国では無くならず労働者主導になる[編集]

西欧では産業革命後に産業資本がヘゲモニーをにぎると、労働者に支払う賃金の基幹部である食糧価格を平準化する必要が発生し、農畜産物の輸入を廃止するなどで、農場主・穀物商人などの農業ブルジョワジーを抑えたため、食糧騒擾が消えていった。しかしその西欧の隆盛に対して対抗的に産業革命を移植したドイツ以東の中・東欧や南欧の国々は、市民革命抜きの「上からの近代化」を行ったため、産業資本が大規模土地所有層からの横滑りや癒着で農産物で儲けるのを止めようとしなかったため、食糧騒擾がなくならなかった。そして移植された産業革命で生まれた労働者がその食糧騒擾を主導するようになった。

極東型の「上からの近代化」だった日本では、米騒動が二重構造に[編集]

日本は欧米との格差が大きく、古代的天皇制まで持ち出さねばならなかった維新は、きわどい極東型の「上からの近代化」だった。そのため米騒動は無くならないばかりか、新旧2つの構造を持つに至った。特権商人が廃藩置県地租改正によって全国で一斉に消え、米の積出しが目立つ米移出地帯と歴史性の強い地域でだけ近世型の街頭騒擾が続き、他方で移植された産業革命・諸制度で生まれた工場・鉱山・都市では近代型米騒動(賃上げ騒擾・消費運動)が急速に増加していった[3]。 しかし米騒動といえば近世来の思い込みで街頭型ばかりを見て近代型を見落としていたため、日本近代の米騒動はいつも北陸・東北南部など移出地帯で始まるものと誤認されていた。井上清近代史のテキストなどもそのように間違っている。事実、何か月も前から近代型米騒動は始まっていたのであり、殊に日清戦争以後はそれらの方が件数で勝り、日露戦後には圧倒的に多かった。日本の米騒動は明治後半からは、労働者階級による近代型主導だったのである。

明治・大正期の米騒動[編集]

近代で米騒動の起った時期は、脚注2の前掲書の21頁の図で判るが、多くはインフレーションなど経済的要因に依っているので、街頭型騒擾は短期であっても、近代型米騒動(賃上げ騒擾・消費者運動)は2、3年にまたがるのが普通であった。したがって明治7年前後には殖産興業期米騒動、明治10年代前期には西南戦争後米騒動の存在を指摘できる。そして1890年(明治23年)米騒動と云わずに企業勃興期米騒動、1897年(明治30年)米騒動と云わずに日清戦後米騒動、1918年(大正7年)と云わずに第一次大戦末米騒動と改めるべきである。

これらのうち、明治前期から元号交替期(辛亥革命大正政変前)までの米騒動については、前掲書(脚注2)の211~231頁に詳述されている。同書の232以後は全頁が第一次大戦末米騒動に当てられているが、それについてはwikipediaの「1918年米騒動」を見た方が簡略に済ませうるであろう。

昭和期の米よこせ運動[編集]

『図説 米騒動と民主主義の発展』(脚注1)の562頁に詳細な解説がある。

敗戦期の飢餓と食糧メーデー[編集]

同書(脚注1)の576~591頁に詳細な解説がある。

第二次大戦後の米問題[編集]

同書(脚注1)の594~601頁に平成期までの解説があるが、米が主食国家の場合、米の価格高騰、国内流通量の減少は治安悪化や国家の運営を揺るがす事態に直結する問題となる。そのため、国家元首は米の価格、流通に対し、神経質になるという[4]

また、消費者側の状況を見ると、特に貧困層はエンゲル係数が高く、食料費の高騰の影響を受けやすい[5]

国際取引について[編集]

米は小麦トウモロコシに並んで三大穀物とも呼ばれ、大量に生産されているが、生産量に比べ、国際間の取引流通量は少ない。これは主に生産国内でまず主食として消費されるため、国外に出回りづらいためである[4]。そのため、主要輸出国で少し生産量が減少した場合、主要国国内での流通量はそれほど変動しないとしても、輸出量は大幅に変動することになる。また輸出上位国の輸出量が市場流通量に占める割合が高いため、一国に何かあった場合は波及が大きい[4]。しかも、日本人中国人朝鮮人が主食とする短粒種のジャポニカ米は、それらの国で国内消費される比率が高く、国外に出回りづらい傾向が更に拍車をかけている。米の国際取引においては、輸出トン数の上位3ヶ国インドベトナムタイ王国(順に26%、19%、18%)などで主食となっている長粒種のインディカ米が8割近くを占めている[6]

増産の難しさについて[編集]

米の需給が逼迫する中で、米の増産はすぐに出来ない。以下、要因を挙げる。

2000年代後期の状況[編集]

2007年3月から2008年3月にかけて、国際的な米の価格の上昇によって、米騒動といえる状況が発生した。この期間、米価指標は50%以上上昇した[8]。米価上昇の背景には、原油価格上昇に伴った費用増加(肥料、輸送費、穀物乾燥に使用する燃料など)、主要な米生産国での天災による不作[9]、米価格上昇に伴い利潤優先で米が国外流出して国内流通が不足することを恐れたインドなどが、米の輸出制限[9]を行ったことによって国際流通量が減少したことなどが挙げられる[8]。また、価格上昇は今後も続くと見た投機資金の流入も起きた。[8]

米の価格高騰の影響を一番受けるのは、低所得層である[7]。各国では「米を買うために長い行列ができる」(フィリピン[8]、「今まで無かった米泥棒が多発」(タイ王国[9]、「米の代わりにイモを食べるよう、軍が指導」(バングラデシュ[9]といった状況にあった。

1993年[編集]

1993年平成5年)に冷夏の影響で発生した米騒動。上記3件と異なり、暴動に発展した事例がない[注釈 1]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ そもそも「騒動」という言葉は「多人数が騒ぎ立てることで秩序が乱れる」ことを指し、暴動の有無と関係のない言葉である。[要出典]

出典[編集]

  1. ^ 井本三夫監修・歴史教育者協議会編 『図説 米騒動と民主主義の発展』民衆社、2004年12月1日、20頁頁。 
  2. ^ 井本三夫『米騒動という大正デモクラシーの市民戦期 ーー始まりは富山県でなかった』現代思潮新社(2018年12月)、20頁
  3. ^ 井本三夫編 『米騒動・大戦後デモクラシー百周年論集 Ⅰ』集広社、2019年3月5日、19~30頁頁。 
  4. ^ a b c 『食料争奪』 柴田明夫 日本経済新聞出版社 2007年
  5. ^ 『アジアで食料価格高騰、貧困層に大打撃』 2008年2月12日付配信 AFP
  6. ^ (参考1)世界の米需給の現状(主要生産国、輸出国等)|農林水産省
  7. ^ a b c d 「世界的なコメ危機の実態 背後に潜む問題点とは何か」『日経ビジネスオンライン』日経BP社、2008年5月14日付配信
  8. ^ a b c d 『「コメ騒動」拡大中 1年で70%の価格高騰』 2008年4月11日付配信 フジサンケイビジネスアイ
  9. ^ a b c d 『コメ価格高騰、タイの平和な農村でコメ泥棒多発』 2008年4月10日付配信 AFP

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]