第5軍団 (アメリカ軍)
| 第5軍団 | |
|---|---|
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肩章 | |
| 活動期間 |
1862–1865; 1898; 1918–1919; 1940–2013 |
| 所属政体 |
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| 所属組織 |
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| 部隊編制単位 | 軍団 |
| 所在地 | ドイツ・ハイデルベルク |
| 愛称 | 勝利軍団 |
| 標語 | It will be done |
| 上級単位 | アメリカ欧州陸軍 |
| 主な戦歴 |
南北戦争 米西戦争 第一次世界大戦 第二次世界大戦 イラク戦争 |
第5軍団(V Corps)は、アメリカ陸軍の軍団の一つ。
概要[編集]
2013年に閉隊されるまで、軍団はアメリカ欧州陸軍/第7軍の唯一の実戦部隊として、ドイツ・ハイデルベルクに司令部を置いていた。
第5軍団は、ポトマック軍(Army of the Potomac)の隷下に、1862年5月18日に創設された。この時期、ポトマック軍は半島方面作戦に参加しており、軍団もこれに加わった。軍団はまた、有名な七日間の戦いにも参加した。軍団は1865年6月28日に解隊された。その後、軍団は米西戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦を歴戦し、第二次大戦末期にはノルマンディー上陸作戦に参加してオマハ・ビーチに上陸した。
戦後、軍団は1946年まで占領業務に従事したのち帰国したが、1951年6月には再びドイツに派遣された。冷戦期間中、第5軍団は第7軍団とともに第7軍の主力部隊となり、フルダ渓谷の防衛にあたった。この期間中、第5軍団の隷下には、第1歩兵師団・第1機甲師団の2個師団が配属されていた。
第5軍団の隷下部隊は湾岸戦争に参加したものの、軍団としての参加はなされなかった。湾岸戦争後、第7軍団がそのままアメリカ本土に帰還したことにより、第5軍団は第7軍隷下の唯一の実戦部隊となった。1990年代、由緒ある部隊である第173空挺旅団が再編成され、軍団に配属された。
米軍再編において、第5軍団の主力部隊であった第1歩兵師団と第1機甲師団はヨーロッパを去ることとなり[1]これら2個師団のかわりに第2騎兵連隊(ストライカー旅団戦闘団)と第12戦闘航空旅団が配属された。これにより、第5軍団の戦力はかなり削減されたことから、第5軍団としての組織を解体して、これらの旅団級部隊は欧州陸軍(第7軍)の直轄下とすることも検討された。しかし一時期、第5軍団の隷下には、さらに2個の重旅団戦闘団(第170歩兵旅団および第172歩兵旅団)が配属され、第5軍団は、2個重旅団戦闘団と1個ストライカー旅団戦闘団、1個歩兵旅団戦闘団から編成されていた。最終的に2013年6月12日に閉隊された[2] 。
編制[編集]
- 第5軍団(勝利軍団; ドイツ・ハイデルベルク駐屯)
- 第2ストライカー騎兵連隊(ドイツ・フィゼック; SBCT)
- 第170歩兵旅団(ドイツ・バウムホルダー; HBCT)
- 第172歩兵旅団(ドイツ・グラーフェンヴェーア; HBCT)
- 第173空挺旅団(イタリア・ヴィチェンツァ; IBCT)
- 第12戦闘航空旅団(ドイツ・ギーベルシュタット)
- 第357防空・ミサイル防衛分遣隊(ドイツ・カイザースラウテルン)
脚注[編集]
- ^ なお、第1歩兵師団は統合戦力軍に配属替えされたが、第1機甲師団は、アメリカ本土に駐屯しているものの、指揮系統上は、第5軍団の隷下にあった。
- ^ http://www.eur.army.mil/news/2013/20130612_V-Corps_inactivation.html
外部リンク[編集]
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