第43師団 (日本軍)

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第45師団
創設 1943年(昭和18年)6月1日
廃止 1945年昭和20年)
所属政体 Flag of Japan.svg大日本帝国
所属組織 大日本帝国陸軍
部隊編制単位 師団
兵種/任務/特性 歩兵
所在地 名古屋-サイパン島
編成地 名古屋
通称号/略称 誉(ほまれ)
補充担任 名古屋師管区
最終上級単位 第31軍
最終位置 マリアナ諸島 サイパン島
主な戦歴 太平洋戦争
(サイパンの戦い)
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第43師団(だいよんじゅうさんしだん)は、大日本帝国陸軍師団の一つ。サイパン島の戦いで全滅した。

沿革[編集]

1943年昭和18年)5月、軍令陸甲第45号下令により本土防衛強化のため第42師団、第43師団、第46師団第47師団の新設が命じられた。第43師団は、6月10日に留守第3師団と第63独立歩兵団を基幹に名古屋で編成され、中部軍に属した。

1944年4月、第31軍に編入され、絶対国防圏の守備のためサイパン島へ派遣された。その際、師団長が皇族である賀陽宮恒憲王から、斎藤義次中将に交代した。編制も、砲兵工兵の連隊を解隊して歩兵連隊に分属させ戦闘団風とした海洋師団に改編されている。師団主力は東松8号船団により無傷で輸送されたが、歩兵第118連隊を中心とした第2次輸送部隊は第3530船団で運ばれる途中、アメリカ潜水艦の攻撃を受けて大損害を受けた。独立混成第47旅団と共に北部マリアナ地区集団を構成し、サイパン島防衛に当たった。

同年6月15日、アメリカ軍の上陸を迎え、サイパン島の戦いに参加した。守備隊主力として激戦を続けたが、水際戦闘で大打撃を受けた。同年7月5日に全軍総突撃の命令を下達、大本営に向け「我ら玉砕をもって太平洋の防波堤たらんとす」と打電して全滅。組織的戦闘を終えた。

師団概要[編集]

歴代師団長[編集]

最終所属部隊[編集]

  • 歩兵第118連隊(静岡):伊藤豪大佐
  • 歩兵第135連隊(名古屋):鈴木栄助大佐
  • 歩兵第136連隊(岐阜):小川雪松大佐
  • 第43師団通信隊:鷲津吉光大尉
  • 第43師団輜重隊:山本光男大尉
  • 第43師団兵器勤務隊:村瀬兼松大尉
  • 第43師団経理勤務部:大川英夫中佐
  • 第43師団野戦病院:深山一孝中佐

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年。

関連項目[編集]