第4航空軍 (日本軍)

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第4航空軍
創設 1943年昭和18年)7月28日
廃止 1945年(昭和20年)2月28日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 大日本帝国陸軍の旗 大日本帝国陸軍
部隊編制単位 航空軍
兵科 航空兵科
所在地 ラバウル - メナド - フィリピン
通称号/略称
最終上級単位 第14方面軍
最終位置 台湾
主な戦歴 第二次世界大戦
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第4航空軍(だいよんこうくうぐん、第四航空軍)は、大日本帝国陸軍航空軍の一つ。通称号軍隊符号4FA

沿革[編集]

1943年(昭和18年)7月28日、大陸命第818号により戦闘序列が下令され、第8方面軍戦闘序列に編入された。ニューギニア方面に第6飛行師団第7飛行師団の2個飛行師団が配置されたことから編成されたものである。ニューギニアの戦いで敗退し、1944年(昭和19年)4月には第2方面軍隷下となり、司令部メナドに移し改めた。

1944年6月、さらに捷一号作戦のために司令部をマニラに移転し、レイテ島の戦いなどのフィリピン防衛戦(比島決戦)に参戦。末期には特別攻撃隊による作戦を行った。1945年(昭和20年)1月1日、第14方面軍に編入。アメリカ軍ルソン島に上陸する中で(ルソン島の戦い)、富永恭次司令官ら司令部は同年1月16日に第14方面軍に無断で台湾に移動した。同年2月13日、復員が下令され、第4航空軍は廃止された。

軍概要[編集]

司令官[編集]

参謀長[編集]

参謀副長[編集]

  • 山口槌夫 少将:1944年11月25日 - 1945年2月12日

当初司令部構成[編集]

  • 高級参謀:大坂順次 大佐
  • 参謀
    • 金子倫价 中佐(後方)
    • 水谷勉 中佐(情報)
    • 首藤忠男 少佐(後方)
    • 岡本豪 少佐(通信)
    • 高木作之 少佐(施設)
    • 衣笠駿雄 少佐(編制)
  • 兵器部長:小久保勝弘 大佐
  • 経理部長:池内龍男 主計大佐
  • 軍医部長:四十宮龍蔵 軍医少将

当初所属部隊[編集]

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年
  • 外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』芙蓉書房出版、1987年
  • 木俣滋郎『陸軍航空隊全史』航空戦史シリーズ90、朝日ソノラマ、1987年
  • 別冊歴史読本 戦記シリーズNo.32 太平洋戦争師団戦史』、新人物往来社、1996年
  • 防衛研修所戦史室『陸軍航空の軍備と運用(3)大東亜戦争終戦まで』 朝雲新聞社戦史叢書〉、1976年

関連項目[編集]