第31独立親衛空挺旅団 (ロシア空挺軍)

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第31独立親衛空挺旅団
創設 1944年12月8日
再編成 1998年5月
所属政体 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦ロシアの旗 ロシア
所属組織 ロシア空挺軍
部隊編制単位 旅団
兵科 空挺兵
兵種/任務/特性 空挺兵
人員 2502人
通称号/略称 軍部隊73612
標語 自らに名誉を、祖国に栄光を
Себе честь - Родине слава'
担当地域 沿ヴォルガ・ウラル軍管区
最終位置 ウリヤノフスク
主な戦歴 第二次世界大戦
第1次チェチェン戦争
第2次チェチェン戦争
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第31独立親衛空挺旅団31-я гвардейская отдельная воздушно-десантная бригада;略称31 гв.ОВДБр)は、ロシア空挺軍の旅団級部隊。旧第104親衛空挺師団の歴史を継承し、「クトゥーゾフ二等勲章」を有する。

歴史[編集]

  • 1944年12月8日:第2親衛空挺師団が第104親衛狙撃師団に再編。
  • 1945年1月:白ロシア、スルツカ駐屯地において、隊容検査。
  • 1945年3月:ブダペスト西方に進出し、第9軍と共に現地ドイツ軍を攻撃。3月25日、パパ市を奪取。3月28日、ラバ川を渡河し、橋頭堡を確保。
  • 1945年4月:ウィーン陥落後、第9軍予備。師団に対して、「クトゥーゾフ二等勲章」授与。
  • 1945年5月:ヴルタワ川でアメリカ軍と会合。
  • 1946年4月:第104親衛空挺師団に再編され、エストニアに配置転換。
  • 1960年:ザカフカーズ軍管区に配置転換。
  • 1993年:ウリヤノフスク市に配置転換。
  • 1994~1996年:第1次チェチェン戦争に投入。
  • 1998年5月:第104師団の軍旗を継承しつつ、第31親衛独立空挺旅団に改編。
  • 1999年~:第2次チェチェン戦争に投入。

編制[編集]

  • 第54独立空中襲撃大隊(軍部隊85954)
  • 第91独立空中襲撃大隊(軍部隊85955)
  • 第116独立空中襲撃大隊(軍部隊83788)
  • 第99独立砲兵大隊(軍部隊85956)
  • 高射ミサイル・砲兵中隊
  • 偵察中隊
  • 第422特使・郵便通信局(軍部隊62327)

装備[編集]

  • BMD-2 x86
  • BMD-1 x26
  • BTR-D x57
  • D-30 x16
  • BTR-RD x24
  • BTR-ZD x19
  • BMD-1KSh x8
  • BMD-1R x2
  • 1V119 x2

歴代旅団長[編集]

1998年までは師団長。

職名 就任年 氏名 階級
師団長 1943年 - 1944年 ワシーリー・イワノフ 親衛少将
師団長 1945年 - 1945年 アレクセイ・レドチェンコ 親衛少将
師団長 1945年 - 1946年 イワン・セレーギン 親衛少将
師団長 1946年 - 1950年 ニコライ・タヴァルトキラゼ 親衛少将
師団長 1950年 - 1950年 アレクサンドル・スタルツェフ 親衛中佐
師団長 1950年 - 1954年 ピョートル・フヴォロステンコ 親衛大佐
師団長 1954年 - 1955年 アレクセイ・ルダコフ 親衛少将
師団長 1955年 - 1961年 ヒョードル・ドラニシチェフ 親衛少将
師団長 1961年 - 1963年 イワン・シネオキー 親衛大佐
師団長 1963年 - 1964年 ユーリー・ポタポフ 親衛大佐
師団長 1964年 - 1967年 ニコライ・グシコフ 親衛少将
師団長 1968年 - 1975年 アナトーリー・スピーリン 親衛少将
師団長 1975年 - 1981年 アレクサンドル・ホメンコ 親衛少将
師団長 1981年 - 1984年 ニコライ・セルジュコフ 親衛少将
師団長 1984年 - 1987年 エフゲニー・セメノフ 親衛少将
師団長 1987年 - 1989年 ヴィクトル・ソロキン 親衛少将
師団長 1990年 - 1993年 ワレーリー・シチェルバク 親衛少将
師団長 1993年 - 2000年 ワージム・オルロフ 親衛少将
旅団長 2000年 - 2002年 セルゲイ・カプスチン 親衛大佐
旅団長 2002年 - 2005年 ニコライ・ニクリニコフ 親衛大佐
旅団長 2005年 - ウラジーミル・コチェトコフ 親衛大佐