第115師団 (日本軍)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
第115師団
創設 1944年(昭和19年)7月10日
廃止 1945年昭和20年)
所属政体 Flag of Japan.svg大日本帝国
所属組織 大日本帝国陸軍
部隊編制単位 師団
兵種/任務/特性 歩兵
所在地 河南省-湖北省-河南省
編成地 中支
通称号/略称
補充担任 旭川師管区
最終上級単位 第12軍
最終位置 河南省 郾城
主な戦歴 日中-太平洋戦争
テンプレートを表示

第115師団(だいひゃくじゅうごしだん)は、大日本帝国陸軍師団の一つ。

沿革[編集]

太平洋戦争の末期後に華北に駐屯していた第26師団フィリピン戦線に、第62師団沖縄に転用されたため、中国に在った独立歩兵旅団(独立混成旅団)を改編し、占領地の警備と治安維持を目的に編成した治安師団の一つであり、同時に第114師団第117師団第118師団が新設された。これら4個師団は、1944年(昭和19年)7月10日、軍令陸甲第79号下令により、編成が発令された。

第115師団は、河南省で独立混成第7旅団を基幹に編成された。編成後、第12軍に編入され、黄河以南の京漢線沿線の警備に当たった。

師団の編制は、4個独立歩兵大隊から成る歩兵旅団を2個持ち、砲兵を欠いた丙師団[1]である。しかし、1945年(昭和20年)3月に師団迫撃砲隊が新たに編成され師団に編合された。

1945年3月、老河口作戦に参加した。老河口作戦後は河南省に戻り郾城終戦を迎えた。

師団概要[編集]

歴代師団長[編集]

  • 杉浦英吉 中将:1944年(昭和19年)7月14日 - 終戦

最終所属部隊[編集]

  • 歩兵第85旅団:三宮満治少将
    • 独立歩兵第26大隊:高島義明大尉
    • 独立歩兵第27大隊:藤本 格大尉
    • 独立歩兵第28大隊:桑原金一少佐
    • 独立歩兵第29大隊:佐々木幸夫大尉
  • 歩兵第86旅団:樋口清登少将
    • 独立歩兵第30大隊:天野茂吉少佐
    • 独立歩兵第385大隊:遠藤利雄大尉
    • 独立歩兵第386大隊:鈴木孝三郎少佐
    • 独立歩兵第387大隊:今藤好雄少佐
  • 第115師団輜重隊:斎藤忠一大尉
  • 第115師団迫撃砲隊:吉田成行大尉
  • 第115師団通信隊:福間耕次大尉
  • 第115師団野戦病院:畠中正純軍医少佐

注記[編集]

  1. ^ ただし、示村259頁は丁編制師団とする。

参考文献[編集]

  • 示村貞夫 『旭川第七師団』 新北海出版部、1984年。

関連項目[編集]