第11普通科連隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
第11普通科連隊
創設 1951年(昭和26年)5月1日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 Flag of the Japan Self-Defense Forces.svg 陸上自衛隊
部隊編制単位 連隊
兵科 普通科
兵種/任務/特性 機械化歩兵
人員 約1,500名
所在地 北海道 千歳市
編成地 東千歳
上級単位 第7師団
担当地域 道央
テンプレートを表示

第11普通科連隊(だいじゅういちふつうかれんたい、JGSDF 11th Infantry Regiment(Mechanized))は、北海道千歳市東千歳駐屯地に駐屯する、陸上自衛隊第7師団隷下の普通科連隊である。陸上自衛隊で唯一の完全装軌装甲車化普通科連隊であり、連隊の規模も他の連隊と比較して倍近く大きい。警備担任区域は千歳市である。

沿革[編集]

  • 1951年(昭和26年)
    • 5月1日:警察予備隊普通科第11連隊が小月(現在の海上自衛隊小月航空基地)に新編。第4管区隊隷下に入る。(連隊本部、第1大隊が小月、第2大隊が曾根、第3大隊が中津)[1]
    • 10月20~26日:ルース台風のため山口県内に災害派遣を行う。警察予備隊創設後初めての災害派遣とされる。
  • 1952年(昭和27年)
    • 1月15日:第3大隊が前川原駐屯地に移駐し、普通科第10連隊第3大隊と名称を変更。
    • 1月20日:1951年5月1日から1952年1月19日まで福岡駐屯地に所在していた普通科第10連隊第2大隊が、普通科第11連隊第3大隊へと名称を変更。
  • 1954年(昭和29年)
    • 7月1日:陸上自衛隊発足に伴い、普通科第11連隊が「第11普通科連隊」に改称。
    • 9月19日:北海道への移駐を開始。米軍輸送艦「オカナガン」に乗艦し翌20日0900時門司港を出港。23日1000時室蘭上陸完了。1630時東千歳駐屯地に移駐完了。第5管区隊の隷下に入る。[2]
  • 1956年(昭和31年)1月23日:第7混成団新編に伴い、第6中隊の要員を第18普通科連隊の指揮下に入れる。
  • 1961年(昭和36年)
    • 2月22日:第7混成団の隷下に入る。
    • 2月28日:第7混成団の改編に伴い、第1大隊と第2大隊第4中隊、第1特科団第113特科大隊第3中隊を母体に機械化連隊として再編成(連隊本部、本部管理中隊、4個普通科中隊、迫撃砲隊)される。第3大隊は第23普通科連隊の母体となり、第2大隊は11、23、24連隊に分配される。
  • 1963年(昭和38年) 4月30日:62式7.62mm機関銃26丁が配備される。
  • 1981年(昭和56年)
    • 3月24日:第7師団の改編に伴い第7師団隷下部隊としての連隊旗を返還する。
    • 3月25日:第7師団の機械化師団から機甲師団への改編に伴い、完全機械化部隊として再編[3]、連隊旗授与される。廃止された23連隊2個普通科中隊と2個重迫小隊を併合、移駐した24連隊の2個普通科中隊と2個重迫小隊を併合し所属人員を増強。普通科中隊は4個から6個へと増加し[3]、重迫撃砲中隊は6個小隊編成となる。3個連隊を併合した際の余剰人員は道内の普通科連隊へ転属。
  • 1987年(昭和62年)11月1日:当時の源川幸夫師団長の発案で、機甲太鼓が誕生する[4]
  • 1992年(平成04年)
  • 1995年(平成07年)12月5日:5.56mm機関銃MINIMIが配備される。
  • 1997年(平成09年)3月5日:96式自走120mm迫撃砲の1号車が重迫撃砲中隊に配備される。
  • 2000年(平成12年)
    • 3月28日:師団改編に伴い、第6中隊と重迫撃砲中隊の1個小隊がコア部隊となるとともに、本部管理中隊の整備小隊が廃止され要員など73名が第7後方支援連隊に転属となる。
    • 3月31日~7月25日:有珠山噴火災害派遣。
  • 2005年(平成17年)3月5日:日米共同実働訓練での実弾射撃中、北海道大演習場において発射した96式自走120mm迫撃砲の砲弾が、誤って演習場外に着弾した[5]
  • 2015年2月20日午前8時20分頃恵庭市北海道大演習場で行われた89式装甲戦闘車の射撃訓練で7.62ミリ機関銃1発が誤って発射され、およそ5メートル離れたところで待機していた別の戦闘車に当たり予備の燃料の軽油が入った容器に穴が空くなど破損が起きるという事故が発生した。銃弾は車体にはじかれ中の隊員にけがはなかった。機関銃には誤射を防ぐ安全装置はあったが弾倉への銃弾装填時は解除されるようになっていた。事故の発生により2日間日程の訓練は中止となった。[6][7][8][9][10]

部隊編成[編集]

主要幹部[編集]

官職名 階級 氏名 補職発令日 前職
第11普通科連隊長 1等陸佐 宮内雅也 2017年08月01日 第7師団司令部第3部長
歴代の第11普通科連隊長
(1等陸佐)
氏名 在職期間 前職 後職
01 三松泰助
(1等警察正)
00000000日 - 1954年06月09日 第4管区総監部附
02 泉茂 1954年06月10日 - 1957年08月11日 第11普通科連隊付
03 田口英男 1957年08月12日 - 1959年06月28日 北部方面総監部第4部長 第1管区総監部付
04 加野重三 1959年06月29日 - 1961年02月27日 陸上自衛隊富士学校勤務 第11連隊長
05 田中登一 1961年03月01日 - 1963年03月15日 陸上自衛隊富士学校総合教育部教官 陸上自衛隊幹部学校学校教官
06 塚本勝一 1963年03月16日 - 1964年07月15日 第11普通科連隊副連隊長 陸上幕僚監部
07 大草知久 1964年07月16日 - 1966年03月15日 陸上幕僚監部幕僚庶務室研究班長 防衛研修所所員
08 戸塚正五 1966年03月16日 - 1968年03月15日 陸上自衛隊幹部学校付 陸上幕僚監部第1部業務班長
09 渡邊茂政 1968年03月16日 - 1970年07月15日 陸上自衛隊幹部学校学校教官 陸上幕僚監部第4部研究班長
10 松岡文夫 1970年07月16日 - 1972年07月16日 第1空挺団本部勤務 陸上自衛隊幹部学校研究員
11 渡邊忠綱 1972年07月17日 - 1974年07月15日 陸上幕僚監部第3部勤務 陸上自衛隊幹部学校学校教官
12 白井健児 1974年07月16日 - 1976年08月01日 東部方面総監部第3部勤務 陸上幕僚監部第5部機甲科班長
13 岡田嘉典 1976年08月02日 - 1978年07月31日 自衛隊函館地方連絡部 陸上自衛隊業務学校人事教育部長
14 鍛冶信彦 1978年08月01日 - 1980年03月16日 東千歳駐とん地業務隊 第3教育団副団長
15 深山明敏 1980年03月17日 - 1982年06月30日 統合幕僚会議事務局第3幕僚室勤務 中部方面総監部幕僚副長
陸将補昇任)
16 浅野武士 1982年07月01日 - 1985年03月15日 北部方面調査隊 東部方面総監部人事部長
17 田中大三 1985年03月16日 - 1987年07月31日 陸上幕僚監部防衛部運用課勤務 自衛隊帯広地方連絡部
18 新井宏 1987年08月01日 - 1990年03月15日 陸上幕僚監部装備部装備計画課
後方計画班長
陸上幕僚監部教育訓練部訓練課長
19 諏訪浩 1990年03月16日 - 1992年06月15日 陸上幕僚監部教育訓練部教育課
教材班長
東部方面総監部防衛部長
20 穴口一男 1992年06月16日 - 1995年03月31日 北部方面総監部総務部総務課長 自衛隊札幌病院総務部長
21 松枝実 1995年04月01日 - 1998年03月31日 富士教導団本部高級幕僚 北部方面総監部総務部長
22 武山文則 1998年04月01日 - 2000年11月30日 北部方面総監部装備部
後方運用課長
陸上自衛隊北海道補給処総務部長
23 楠本裕幸 2000年12月01日 - 2003年03月26日 東部方面総監部人事部人事課長 中部方面指揮所訓練支援隊長
24 相良雅司 2003年03月27日 - 2005年12月04日 自衛隊福岡地方連絡部募集課長 陸上自衛隊研究本部主任研究開発官
25 吉見隆 2005年12月05日 - 2007年03月31日 北部方面総監部防衛部防衛課長 統合幕僚監部運用部運用第1課
運用調整官
26 藤本卓美 2007年04月01日 - 2008年07月31日 自衛隊岡山地方協力本部 陸上幕僚監部装備部開発課長
27 田中一二 2008年08月01日 - 2009年01月01日 陸上幕僚監部装備部装備計画課
後方計画班長
事故により死去
28 井上一 2009年01月16日 - 2011年04月18日 陸上幕僚監部人事部補任課
人事第2班長
自衛隊長野地方協力本部
29 山根直樹 2011年04月19日 - 2013年07月31日 西部方面総監部防衛部訓練課長 第14旅団司令部幕僚長
30 惠谷昇平 2013年08月01日 - 2015年07月31日 陸上自衛隊研究本部研究員 自衛隊滋賀地方協力本部
31 中力修 2015年08月01日 - 2017年07月31日
[11][12][13][14]
陸上自衛隊富士学校普通科部
研究課長
第11旅団司令部幕僚長
32 宮内雅也 2017年08月01日 - 第7師団司令部第3部長

主要装備[編集]

過去の装備[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 十八万十三個師団への道 檜六郎 株式会社ジャパンミリタリー・レビュー 軍事研究 1985年4月号 P152-165
  2. ^ 第11普通科連隊創隊60周年記念誌より
  3. ^ a b 師団改編と旅団化 田村尚也 株式会社ジャパンミリタリー・レビュー 軍事研究 2004年9月号 P114-122
  4. ^ 機甲太鼓 / 第11普通科連隊の紹介
  5. ^ 事故の中間報告(千歳市)
  6. ^ 人為ミスか、燃料缶貫通 北海道・恵庭の陸自誤射 2015年3月18日 北海道新聞社 どうしんウェブ電子版 2015年3月19日閲覧
  7. ^ 機関銃誤射、前の戦闘車被弾 けが人なく自衛隊公表せず 2015年3月18日 苫小牧民報社 2015年3月19日閲覧
  8. ^ 陸自訓練で誤射 車両一部破損 2015年3月18日 NHK北海道 2015年3月19日閲覧
  9. ^ 陸自が誤射、戦闘車を破損 2月の訓練 地元・恵庭市に報告せず 2015年3月18日 北海道新聞社 どうしんウェブ電子版 2015年3月19日閲覧
  10. ^ 陸自第7師団の訓練で機関銃誤射 地元自治体に連絡せず 2015年3月18日 朝日新聞 2015年3月19日閲覧
  11. ^ 防衛省人事発令(2016年05月22日) (PDF) 南スーダン派遣施設隊付
  12. ^ 防衛省人事発令(2016年06月13日) (PDF) 南スーダン派遣施設隊長
  13. ^ 防衛省人事発令(2016年12月12日) (PDF) 南スーダン派遣施設隊付
  14. ^ 防衛省人事発令(2016年12月17日) (PDF) 第11普通科連隊長

出典[編集]

防衛省人事発令”. 2015年8月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]